中学校に忍び込む。だめだ、こんなことで気持ちが高まってしまうなんて、やっぱり二十歳もコドモなんだろうな。
悪いこと。小さくて単純な、だけど正義ではないことを。
私も金網に足をかけた。少し苦労すると、赤瀬が反対から手を貸してくれた。やさしいのに、無機質な手だった。やわらかいのに、虚しい感触だった。途端に弱気が押し寄せる。
「防犯カメラとかあるよね?」
「門のないところにはついてねーよ。今確認してきたし」
抜かりない赤瀬。そういうところが好きだ。
「安全ピン持ってる?」
「もちろん」
赤瀬は無言で、北校舎から増設で繋がっている技術室の裏口に向かった。私に向かって手を出す。安全ピンの要求だ。私は中二のあの頃から必ず持っている安全ピンを、ポーチから取り出した。
技術室の裏口のドアは、外から開けられないようにノブが回らなくなっている。だけど安全ピンを鍵穴に入れて、ロックを解除する瞬間にドアを強く引けばドアが開く。要はピッキングだ。あの頃からこうして校舎を出入りしていた。こうしてドアを開けられるのは、赤瀬と私と中沢だけだ。
私が携帯のライトを向けると、赤瀬はカチャッと音をたてて、まるでブランクを感じさせずピッキングを成功させた。
技術室から北校舎に入り、渡り廊下を通って、中央校舎の四階、二年生教室の階に向かった。
独特の匂いが広がる校舎。暗くて静かな夜の中学校に、赤瀬と二人。あの夏が、戻ってきたみたいだった。
外のなんとない灯りだけが廊下にそそがれていて、長い廊下の奥は、闇にまぎれて見えない。やっぱり夜の学校って不気味だ。電気を点けるのもまずいし、私は赤瀬に続いてゆっくり歩いて行く。
「変わらないな、こういう学校のにおいって」
二年二組の前に着くと、赤瀬はひとりごちに言いながら、前ドアをガラガラと開けた。入ってみると意外と教室の中の方が明るくて、全体がよく見える。
「中学って、高校とも小学校とも雰囲気が違うよね。なんかここに立ちこめている空気っていうか、染み込んだものが、すごく色が濃いのに、軽くてふわふわしているかんじ」
私は言いながら教壇に立った。黒板を背にして、教室を見渡す。赤瀬は、窓から外を見ていた。
「すごくわかる、そのかんじ。やっぱ、おまえのそういう思考が好きだわ」
さらりと、本当になめらかに赤瀬はそう言った。好きな食べ物はカレーだっていうみたいに、簡単に。
鼓動が跳ねる。自分の心臓が動いている事を、確かに感じる。どういうつもりなの、と聞いても、赤瀬は何も言わないだろうけど。
「小学校は色も薄くて空気も軽い。高校は薄いけど重いんだよな。見えてるものは明らかでも、根本が深い。…中学は逆だ。見えないくらい混沌としているけど、見えてしまえば簡単というか」
私は赤瀬の話を聞きながら、そうそうそれ、と笑って、チョークを手に取る。大きく、
【波に乗れ!】
と書いた。
チョークが黒板をたたく音に、赤瀬が振り向く。
「懐かしい。そのあと、【今がチャンス! 今チャン!】だろ?」
赤瀬が笑った。私も笑った。これは中沢が言った言葉で、しばらく標語のように後ろの黒板に書いてあった。クリスマスシーズンに、カップルを作ることについての言葉だ。