「中学、久しぶりに来た」
赤瀬は引きずるようにして自転車と一緒に進んで、正門のくすんだ茶色に触れる。
「私も」
静まり返った校舎。周りも住宅街なので、夜は恐ろしく静かだ。昼間はあんなに生徒の声がこだましているのに。
「赤瀬、たくさん話がしたいの。聞いてくれる?」
私は彼の瞳に言う。少し色素が抜けた? そんなわけないのに、絶対に変わるはずのない黒目の色素が、薄くなっている気がする。
「いいけど、俺の話も聞いて」
ずん。赤瀬の声が染みる。なつかしさが足の裏から突き上がってくる。
私がしっかりとうなずくと、赤瀬は私を追い越して、校庭を囲む塀沿いに自転車を押して歩きだした。
私はその背中を見つめる。ずっと変わらない、細い背中。肩からお尻まで幅が同じ、ついでに薄さも。闇に溶け込む紺の無地のTシャツに、七分丈のベージュのチノパン。赤と黒のアディダスのスニーカー、シルバーのタウンサイクル、前かごには流行りのブランドの小さなショルダーバック。変わらない、赤瀬の姿。
「ねえ、赤瀬」
呼ぶと、彼はふらふら振り向く。
「悪いことしない?」
私は言った。赤瀬は表情を変えず私を見ている。
「悪いことって?」
「……みんなができないようなこと。やりたいと思っても、理性と常識に阻められること」
「犯罪ってこと?」
「そうかもしれない」
どんな悪事かはわからない。ただ、二人でならしたい。二人でならできる。
「……潮倉がいいなら」
赤瀬は言ったあと、少しだけ意地悪な笑い方をした。
校庭を囲む塀を、マラソン大会で進むのと反対回りに並んで歩く。
「おばあちゃん、いつ亡くなったの?」
芋羊羹が好きで、編み物の上手い、やさしいおばあちゃん。私もずいぶんお世話になった。
「去年。…急に倒れたから、俺もまだ信じられないの」
「お父さんはまだニュージーランドにいるんでしょ?」
「前より多く帰って来るようになったけどな」
「そっか……」
赤瀬は今一人で暮らしていて、ずっと一緒にいたおばあちゃんを失って、唯一の寄りどころのお父さんも海の向こうにいる、その変えられない現実を掴みきれないでいる。それでも、赤瀬はもっとつよいはずなんだ。出逢った時から、しっかりしていて、明朗で、頭脳派で、みんなが憧れた。そんな赤瀬の弱気。私は彼を救いたい。
私たちの青春のすべてだった生徒会の思い出話をしながら歩き、一日中陽のあたらない北校舎の裏に来た。横には体育館がある。
「悪いこと…するか」
赤瀬は少しだけ生き生きしてきたように見えた。体育館の入り口に差し掛かったあたりで、私たちは自転車を止めた。
「悪意は、人に向けちゃいけないと思うんだよ、俺は」
言いながら、金網の上を見つめている。
「警察に捕まるようなことは怖いな、やっぱり。覚悟なんてしてこなかったから、恐ろしく無防備だし」
そう言うと、赤瀬はひょいひょいと金網をのぼり、敷地内に降り立った。