僕は正月にプールに入りたいと言った幼い自分がどうしても頭から離れない。あの頃、意地でもプールに入りたいと駄々をこねていた訳ではなかった。僕は、少しでもいいから自分の味方になって欲しかっただけだ。雪の中プールなんて出さなくていい。少しでいいから僕の隣で同じ話をして欲しかったんだ。結局、その後どうしたのだろう?
僕はカップを拭きながら当時を思い返していた。窓際では、相変わらず拗ねた男の子が報われない気持ちを拭う様に、カップの中の液体をやけになってかき回している。
男の子はその小さな肩で孤独にサンタの一件背負い、大人が言う<現実>と戦っているのだ。
真夏にサンタ。男の子も半分は無理だと分かっていると思うが、そこが重要ではないのだ。僕はいつの間に大人の常識が染み込み、何かを失っていることに気づく。あの頃の自分を助けるように、男の子の味方になりたかった。
でもどうやって?
意気込みとは裏腹に、何をどうしていいか分からない。カップを拭く手が止まり、ため息が漏れた。
僕は男の子のメロンソーダがまだ半分残っているのを確認した。まだ時間はある。
もう一度男の子に話してみる?でも何て言えばいいんだろう。下手なことを言ってこれ以上傷つけるのも可哀想だ。
僕がサンタの事ばかり考えていると、妙な視線を感じた。漫才の打ち合わせをしていた男性達が静かに僕を見ている。僕は慌てて注文を聞きに出向いた。
「す、すいません。何かご注文ですか?」
焦った気持ちが書き留めるボールペンを無駄にカチカチと鳴らす。
手前のやや太った男が小声で話始めた。
「…いや、なんかさ。…聞こえちゃって。」
「え?」
奥に座っているやせ形の男も小声で言う。
「お兄ちゃんさ、これ着てみる?」
太った男がそっと自分のリュックを開けると赤い布が見えた。男がリュックの奥に手を入れると、きれいにカールがかかった白髭も入っていた。
男達はニヤニヤとした笑顔を僕に向け、僕が何かを言う前にボンとリュックごと僕のお腹に押し付けた。
「え、え!」
「大丈夫、俺達怪しいもんじゃないよ。これでも漫才やってんの。これはその小道具。」
僕はリュックから薫る汗の臭いで正気を保った。
「い、いえ!そんな訳には…!」
お互い小声だが、意外に動きは激しい。
「いいから!いいから!使ってやってよ。」
「…い、いや、でも…僕じゃいくらなんでも若すぎませんか?」
そんな馬鹿なと思っているのに、二人のなんの迷いもない目に圧倒され、僕はこのサンタの衣装を使う前提で言葉を発している自分に驚いた。
しかしサンタにしてはかなり若年齢の僕を見て、確かにと思ったのかリュックを押し付ける力が弱まった。彼らが何故それを先に気付かなかったのか不思議だった。
そんなやり取りを、いつの間にか奥の席のマダム達にチラチラと見られていた。
僕はスイマセンと言わんばかりに会釈をすると、今度は一人のマダムに手招きをされた。
マズい、叱られる。