「お客様、どうかされましたか?」
僕は気が付くと窓際のテーブルに座る親子に声をかけていた。
突然話しかけられ驚いた表情の男の子を見て、ふと我に返った。
シマッタ。後先考えず声をかけてしまった僕を想像以上の後悔が襲う。
「あ、すいません。何でもないんです。」
慌てた父親が言った。男の子はまだ納得のいかない表情うつむいている。
この感じ、僕も経験した事がある。何とも気まずい空気が流れる中、うつむいていた男の子が顔が僕を見ると、しょぼしょぼと喋りだした。
「サンタは…。パパがサンタは来ないって言うんだ。」
その声は力無く、絶望に満ちていた。
サンタとは、あのサンタクロースの事だろうか。子供にとって「サンタは来ない」という言動は非常に重い。僕が言葉に詰まっていると、父親はまた慌てて付け加えた。
「今は、だろ祐介。今はどうしたって来られないだろう。クリスマスになったら、良い子の所に来るんだぞ。」
<良い子>の部分が念を押すように強調された。
「僕は今来てほしい。夏にサンタさん来てくれたっていいじゃないか!…プレゼントも何も要らないんだよ。」
なるほど。僕は男の子の訴える内容を理解した。男の子は季節外れのサンタを求め、父親は困り果てているという訳か。これには僕もどうしていいか分からなかった。どうする事も出来なかったという方が正しいのかもしれない。不自然なほど静まった店内に響く親子の会話に、ここにいる人々が耳を澄ませる。
「来る事も…あるかもしれませんよね。」
話しかけた手前無言で去るわけにもいかず、僕は当たり障りない答えを絞り出した。
男の子は僕の曖昧さを見透かし、味方ではないと判断したのか大人の臭いがする僕を無視してクリームソーダを飲み始める。目に涙が溜まっているのが見えた。バニラアイスが溶けきって、澄んでいたメロンソーダに靄をかける。僕の心にもぼんやりとした靄がかかった。
カウンターに戻ると、無意識にため息が漏れる。店内はまた各々の喋り声や、カチャカチャと皿をフォークが突く音が聞こえ始めた。まだ胸がドキドキしているのが恥ずかしい。
「珍しいじゃないか。」
それを見透かすように、ニヤニヤとした目で常連の田中さんが言った。
「お客と店員。たまにはいいんじゃないか?交流だよ、交流!」
「は、はぁ…。」
僕を慰めてくれているのか、田中さんは珈琲のおかわりを注文しトイレに立った。
窓の外は相変わらず湯気が出そうな色をしている。
真夏にサンタ。赤道の反対側ならあり得るのかもしれないが、夏休みのサンタは難しい。もしサンタがいたとして、真夏の日本に来てくださいと言うのも要相談だろう。自分が何も出来なかった事を正当化するように、次々と大人サイドの理由が浮かんでしまう。