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『ミロ』藤原光平

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 それから約一ヶ月の間、私は何をしていたのだろうか。覚えているのは、通学中の電車や駅 構内でイヤホンを耳に押し込む人々を見るたびにもったいないと思うことくらいだった。思えば、柚珠と出会ってから私は、一度も愛用していたSONY製の音楽プレイヤーを持ち出していない。耳をふさぐことに抵抗ができていた。せっかく耳がきこえるのに、周りの音を遮断して自分の殻に閉じこもるのはもったいないと思うようになったのだ。
 そして、それと同時にミロのヴィーナスについても考えていた。失ったものだけに見える美 しい世界はどんなものなのだろうか。ミロのヴィーナスは腕があった時と比べて今、どのように見える景色が変わっただろうか。
 私には想像もつかない。
 想像などつくはずがなかった。
 でも、それでも考えることをやめなかった。
 そんなある日、柚珠と私が色々な会話をしたノートを開いた。一年間の二人がそこに詰まっていた。出逢ってから今までの全ての会話がそこにはあった。ちゃんといつの時の話か覚え ているものも、何の時の会話か分からないものもあった。
ノートの中の呼び方は、いつしか『柚珠さん』から『柚珠』に変わっていた。
 最後の会話は途中だった。私が途中で閉じてしまったからだ。それからペラペラとノートを最後までめくっていった。何もない空白のページが数枚まだ残っていた。このページは今後 埋まることがあるのかなと思いながら最後までめくり終わったところで最後のページに文字が書いてあることに気づいた。私はそんなページを開いたことがなかったので不思議に思いながらもそっと開いた。
 そこには柚珠の字でこう書いてあった。
” 旭 へ
私を色々な所へ連れだしてくれてありがとう。私の耳の代わりになってくれてありがとう。
多分このページにたどりつくことはもうないような気がするので書いておきます。私はこれから先、一人でも平気です。
私のことは心配しないで、自分を生きて下さい。旭と出会えて良かった。
金木犀の花が咲く頃は、
いつもあなたを想っています。”
 私は読み終わってから、玄関を出た。行き先は決まっていた。
 そして今、私は井の頭恩賜公園の園内に着いた。金木犀の香りがほのかに私の鼻先をかすめた。遠くに女性の影が見えていた。
 園内では沈みかけた夕日が彼女の影を東へと薄くのばし、柿色に色づく木々を美しく調和していた。沿道に散る、ある意味規則正しく浮かぶ色とりどりの葉は鮮明に輝いて見えた。その中に一人ぽつりと立ちつくす彼女の姿は息を呑む程美しかった。
「柚珠!」
 私は力の限りさけんだ。

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