海斗は船のすぐ近くに停めてある自転車に跨ると、荷台をパンと叩き「さぁ、乗って」と翔太の顔を見てウィンクをした。
海斗の自転車は潮風を切って進む。自転車の後ろに乗って眺める海の景色もまた最高のものだった。翔太の人生において景色を見て感動したのは、この旅行で目にした海が初めてのことである。
平坦だった海岸線に沿う道は、やがて緩やかな長い登り坂が続くようになった。翔太は荷台からヒョイと飛び降りると、後ろから自転車を押して走った。
「海斗、漕いで!」
「よしっ! この勢いで上りきってやる!」
翔太は汗だくになりながら、力一杯自転車を押した。螺旋状の坂道は小高い丘を包み込むようにして続く。緩やかではあるが、終点を視界で捉えられない長く続く坂道である。自転車を漕ぎ続けるのにも押し続けるのにもあまりにも暑さが厳しすぎた。結局、海斗は自転車を押して歩き、翔太はその横を並んで歩いた。二人のシャツは、まるでそのままの格好で泳いできたかのようにずぶ濡れであった。
「はい、これ」と海斗が前カゴから取り出した水筒を翔太に手渡す。「ありがと」と翔太はガラガラと氷の音がするよく冷えたお茶を胃に流し込んだ。冷たい液体が食道を通って胃に至る様子がよく分かった。
歩きながら二人は色々な話をした。学校のことや好きなテレビ番組のこと。決して特別なことではない日常の会話が繰り広げられる。さっき出会ったばかりの二人だが、お互いにずっと以前から親友だったような不思議な感覚がしていた。
ようやく視界が開けた場所には綺麗に芝生が敷かれたおり、その先には白い灯台があった。
「ここが俺の大好きな場所。宮野島灯台さ。中に入れるんだぜ」
「ホントに? すごい!」
「よし! 競争だ!」
さっき雄太にしたのと同じことを今度は海斗が仕掛けた。
「待て! ズルいぞ!」
翔太は駆け出した海斗の後を追った。
灯台の中は窓から注ぎ込まれる陽射しに照らされ十分に明るい。二人はグルグルと目の回りそうな急階段を慎重に上った。子どもの足でさえはみ出してしまうほど踏み面が狭く、足元が不安定である。初めて来た翔太には何とも言えないスリルがあった。
頂上に辿り着くと、そこからは外に出ることができた。
「ここからの景色は最高なんだ」
「へぇ、楽しみ」と平気な顔をしながら、実は高い所が苦手な翔太の足は小刻みに震えていた。決して視線を下に落とさず、遠くを見るように強く意識をして彼はその景色を視界に捉えた。
それは海と砂浜、そして海斗の住む街をまるで鳥瞰図のように一望できる眺めであった。
「あそこが翔太の泊まるホテルな」
海斗が指差す先、森の中に佇むようにしてホテルの側面が見えた。
「ホテルからも海が綺麗に見えると思うけど、街や砂浜や漁港は見えないだろ。ここからは全部が見渡せるんだ。これが俺の暮らす街さ」
海岸沿いの道路には車の往来が見える。道路の山側には、斜面に所狭しと家々が建ち並ぶ。砂浜には色鮮やかなパラソルや敷物が並び、寝そべって日焼けをする人やビーチボールで遊ぶ人の姿がある。沖では泳ぎやサーフィンを楽しむ人達がいる。漁港から一隻の漁船が海へ出た。その航跡はやがて波紋となって大きく広がるのだった。