少年は作業の手を休めることなく質問に応えた。その振る舞いはさながらベテランの漁師である。
「六年生か、翔太と同じじゃないか」
雄太が翔太の背中を押し、一歩前へ歩ませた。
少年は作業の手を止めると軍手を外し、翔太に向けて手を差し出した。
「俺、海斗。よろしく」
「僕、翔太……」
翔太は恥ずかしがりながら海斗の手を握った。その手は電車で見た雄太の手ほどではないが、しかし、同級生のものとは思えないほど硬く、そして力強さが感じられた。
「旅行?」
「う、うん」
「どこから?」
「佐久市さ、長野の」
「へぇ、遠くから来たんだな」
海斗はヒョイと船から堤防へと移った。
「佐久市は日本で一番海から遠い場所なんだよ」
雄太が得意げな表情を浮かべて言った。
「行ったことないや。俺は毎日海ばかり見てるけど、海が無い街なんだなぁ。これからどこに行くんだ?」
「ただ、散歩してるだけだよ。今回の旅行は海を見て美味しいものを食べるのが目的さ」
「どこのホテル?」
「ポワン……」
「ポワン・ドゥ・ランコントルというホテルよ」
言葉に詰まった翔太を翔子が助けた。
「そこなら俺の父ちゃんが獲った魚が食べれるよ。今日も届けに行ったところさ」
「すごいじゃない、楽しみね!」と翔子が手を叩く。
「なぁ、良かったら遊ぼうよ! 俺が案内してやるよ」
「でも……」
翔太は雄太と翔子の顔を見上げた。
「いいじゃないか、新しい友達と少し遊んでおいで。父さんたちは散歩してホテルに戻ってるから」
雄太は自分がそう育ったように、翔太に対しても放任主義である。
「いってらっしゃい。あんまり遠くまで行くのはダメよ。五時には戻るようにね!」
「大丈夫、俺に任せといて!」
海斗は太い眉毛を少し吊り上げ、自信満々に右手で胸を叩いた。
「じゃあ、お願いするな。また後で」
雄太はそう言って海斗の頭を撫でると、翔子と肩を並べて来た道を戻った。
これには両親の思惑があった。翔太はかなりの人見知りである。もちろん友達はいるが、遊びの誘いなど自分から率先して声をかけようとはしない。彼にとっても友達と仲良くしたいのは当然のこと。しかし、翔太には一歩踏み出す勇気が欠けるのだ。来年からは中学生である。新たな出会いが待ち受けている翔太には、あと少しの勇気が必要なのだ。
「翔太、どこか行きたいとこあるか?」
「どこでもいいよ、この辺りには何があるか分からないし、任せるよ」
「よし、じゃあとっておきの場所に連れてってやるよ」