カシャっと無機質な音により解錠が確認されると、翔太は勢いよくドアを開けた。翔太が真っ先に向かったのはバルコニーだった。壁一面の大きな窓からバルコニーへ出ることができる。
「すげぇ」
翔太は感嘆の声をあげた。そして、少し遅れてやって来た雄太と翔子も同じ表情を浮かべた。
そこには遥か水平線まで見渡せる大きな海が広がっていた。眼下には緑豊かな木々が茂り、青い空には白い雲が浮かぶ。そこには自然だけが織りなせる色の美しさがあった。
「綺麗ね」と翔子。
「最高の景色だな」と雄太が返す。
「地球って、ホントに丸いんだ」
小学六年生の翔太は、地球が球体だということを当然ながら知っていた。しかし、実際に緩やかな弧を描く水平線を初めて見た翔太にとっては、素直にそう感じざるを得なかった。
雄太が後ろから翔太の肩を抱きしめた。
「世界はもっともっと大きいぞ」
そして、翔太の頭を撫でた。
「よし、泳ぎに行こうか!」
「うん、行きたい!」
「ちょっと休憩してからにしない?」
男二人とは対照的に翔子は、窓辺のソファーに崩れるようにして腰を下ろした。
「じゃあ、後から合流ね」
「はいはい」
雄太と翔太は飛び出るようにしてビーチへと向かった。ドアが開いた瞬間、部屋を通り抜けるそよ風がカーテンを大きく揺らした。
長く白い砂浜が続くビーチは大勢の人で賑わっていた。翔太にとって、少なくとも記憶に残る中では初めての海水浴である。
海を楽しみにしていた翔太だったが、決して泳ぎは得意ではなかった。それでも雄太と水をかけ合って遊んだり、浮き輪に乗って波に揺られる楽しさは格別だった。翔太は会いたくて仕方なかった父親との時間を目一杯楽しんでいた。
しばらくして翔子も合流し、ビーチでの時間を満喫した三人は近くの漁港まで散歩をすることにした。一キロ弱はあるだろうか、前方に見える突堤を目印にして浜辺を進む。
「今日の夕食の魚は、ここの漁港で獲れたものばかりみたいだぞ」
「そうなんだぁ」と語尾をやわらかく伸ばす翔太とは対照的に「美味しいからって飲み過ぎないようにねっ」と翔子は語尾を強めた。
「いいじゃないか、せっかくの旅行なんだから。なっ、翔太」
「じゃ、僕に勝てたらね! よーい、ドン!」
「ちょっ、ズルいぞ!」
雄太は砂を舞い上げて駆け出した翔太を追った。
白い砂浜は海に突き出た突堤を終着として、固くコンクリートに覆われた堤防へと変わる。
強い陽射しに熱せられた堤防を少し歩くと、多くの漁船が並んでいるのが見えた。
規則正しく並ぶ漁船が波にゆらゆらと揺れている。その中の一つ、横腹に海栄丸と書かれた船から荷物を下ろしている少年が「こんにちは」と翔太たちに活気のある声をかけた。翔太と同じ年頃と思われるその少年は、頭全体を覆うように白いタオルを巻き、その額には大粒の汗が光っている。
「こんにちは。何してるんだい?」
船に歩み寄る雄太の後ろに翔太も続いた。
「漁の準備さ」
「偉いね、いくつ?」
「六年」