慣れないことに美咲は動きが硬くなってしまうものの、なんとかリラックスしようと大きく腕を広げて深呼吸をした。その姿を見て、春樹は思わずスマホを取り出して、その姿をカメラに収める。美咲は、それに気が付かずに深呼吸を終えると、オレンジのなる木の間を歩き始めた。見渡す限りのオレンジのある景色に、美咲は溜息を付く。確かに、この景色は東京では見られないかもしれないと、一つの目の前にあるオレンジを凝視してそう思った。
春樹は、その美咲の姿をじっと見つめていた。時々、その指でフレームを作って、そこから美咲を眺めたり、自分の顔を横にして見る角度を変えたりしている。美咲は木々で見え隠れしている春樹の姿を見ながら言われるまでその畑を歩き続けた。
「美咲さん、ありがとうございます」
暫くすると、そう叫ぶ春樹の声が美咲の耳に入ってきた。
「じゃあ、戻りますね」
「ありがとうございます」
「いえ」
「気が付けばもうお昼の時間になりますね。街の方に戻りましょうか」
「もうそんな時間ですか」
「ええ、ちょうど美味しい料理を食べられる店があるので、そこに行きましょう」
「はい」
「わあ、可愛いですね」
美咲の目の前に現れたそれは、季節のものが少しずつ盛られたランチだった。どれも一口か二口で食べられそうなサイズで、色々な味が楽しめるものとなっている。
「僕、一種類をたくさん食べるよりも、こうして様々なものを少しずつ味わうのが好きなんです」
「分かります。いいですよね」
「ここの味、堪能していってくださいね」
「ありがとうございます」
美咲は、ゆっくりと噛みしめてその料理の味を楽しむ。どの料理も食材の素朴な味を楽しむことが出来、だからと言って味が薄いとかそういうことではなく、その素朴さがまた良い。そしてまた、お米を食べると、ほんのりとオレンジの香りが漂ってくる。それは、不思議なほど白米とマッチしていて、柑橘系の香りは食欲を掻き立たせる。
屈託のない美咲の笑顔に、春樹はその視線を逃すことができない。美咲がふと春樹の方を見ると、視線が合う。すると、春樹はさっとその視線を外してしまうが、美咲はそれを気にすることなく、目の前の料理を食べ続ける。
「いいですね、春樹さんはこんな美味しい料理が身近にあって」
「そうですね、美咲さんもまた東京からいらしてください」
「はい」
すると、ここの女将さんは二人にオレンジのゼリーを持ってきた。
「東京からいらしたんですねえ。これ、ぜひ食べていってくださいな」
「あ、ありがとうございます」
全ての料理を食べ終えた美咲は、そのゼリーにスプーンを通した。思ったよりも固いそれは、どこか好奇心を掻き立たせる。
「寒天、ですかね?」
「ええ、そうですね」
口の中に入れると、程よいオレンジの甘さが広がる。
「また、生のオレンジと違って美味しいですね」
「はい」
春樹は、穏やかにそう言った。
ランチを食べたその後、二人は観光地を見てまわる。まるで、昨日会ったとは思えないほど二人の顔には緊張が一切見られなかった。そうして、夕日が沈むと同時にこの時間にも終わりが来た。
「では、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。絵、完成したら見せてくださいね」
「ええ、もちろん」
二人は、握手を交わしてそれを別れとした。