「そうですね……東京では見られない景色が見られるところとか?」
「東京では見られない景色……」
「ビルが無いところとか、自然の中とか、……東京にもそういうところはありますけど、やっぱりどこか違いますよね」
「そうですね……あ、分かった。うん、じゃあ、行きましょう」
どこか良いところを思いついたのか、彼はすっきりしたような顔を私に見せて来た。そうして、「こっちです」と言って歩き始める。私は、その彼の後ろ姿を見ながら後を着いて行った。
再びバスに乗る。風景が、どんどんと変わってくる。そうして、住宅街の中にあるバス停で降りた。
「ここからちょっと歩くんですけど、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
そのまま、家と家に挟まれた狭い道路を、特に話すこともなく歩く。そこは、車が一台通るのもやっとな狭さで、車が来ると二人はその身体を横にして車と距離を取った。
そんな時間が少し続いて、先にその沈黙を破ったのは春樹だった。
「美咲さんは、ご結婚されているんですか?」
「いや、そんなことないですよ。結婚していたら一人で旅なんてきっとできないです」
「ああ、そうでしたよね。すみません、こんな質問」
そうして、またあの仕草を春樹はする。その手を頭の後ろに持ってきて、髪をふさふさと動かす。
「いえいえ、春樹さんは?」
「僕も残念ながら独身です。いつも絵ばかり描いていたら、誰にも相手されなくなってしまって」
「でも、それくらい絵に集中しているってことですよね。素晴らしいです」
「いえ」
話していると、だんだんと周りの風景からは家が無くなってくる。歩いていたそのアスファルトの道も砂利道に変わり、足の底から伝わってくる感触も柔らかくなってくる。
そうして、目の前には急な斜面が現われて、春樹はその坂を上っていった。美咲もその坂を上るが途中でその急さに一旦立ち止まってしまった。
「着きました。っと、すみません。気が付きませんでした」
春樹は走って美咲の元へ戻って来て、立ち止まって息を整えている美咲の元に手を差し伸べる。
「ああ、すみません。運動不足なもので。平坦な道なら歩き慣れてるんですけど」
「ははっ」
美咲は、素直に差し出された手を掴むと、春樹は力強く美咲を引っ張る。そうしてようやくその坂の上に来た時、美咲の目の前に広がっていたのは、オレンジ色の身をたくさんならしている木々だった。
「これ、美咲さんが朝食べたオレンジです」
「あ、ここのなんですね」
「ええ。美咲さん、少し僕と離れてあの中を歩いてもらえますか?」
「はい、いいですけど、許可とかは?」
「それは、大丈夫ですよ」
そう言われた美咲は、春樹の言う通りにその木々の間を歩き始めた。しかし、どういう風に歩けばいいか、どこを向けばいいのか、そんなことを思って歩くと、どうしてもその動きはぎこちなくなってしまう。すると、春樹の方から美咲に声を掛ける。
「美咲さんの思う通り、歩いて大丈夫です」
「分かりました」