朝はいつもはコーヒーとパンで済ましてしまう彼女は、とりあえずその二つを取ると、一旦テーブルにそれを置きに行った。そうして、再びあのオレンジのコーナーへと戻ってくる。そうして、先程の子どものように一種類一欠けらずつ皿の上に乗せていった。お皿の上は、まるでオレンジのパラダイスだ。色も、微妙に違いがあり、それは食欲をそそる。
彼女は、それを落とさないように両手でそっと持つと、誰も待っていないテーブルへと慎重に足を運んだ。
「んん、甘い」
一つを食べると、それは今までに食べたことがないくらい甘く、まるでオレンジのデザートを食べているかのようだ。そうして、違う種類のものを食べると、それはまた違う甘さがあり、少し酸味も感じる。一つ一つを丁寧に味わっていると、お腹の方も満たされてくる。
オレンジを食べて少し時間を置き、レストランを後にした。
「お待たせしました。待ちましたか?」
「いえいえ、ちょうど来たところですよ。僕の家、ここからそう遠くないですし」
「そうなんですね」
挨拶を済ませると、二人はホテルを後にする。
「美咲さん、オレンジは食べましたか?」
「はい、ホテルの朝食で食べました。いろいろな種類があって、どれも美味しかったです」
「そうですよね、私の大学の学食でもオレンジは毎日豊富なんですよ。しかも安いので学生たちも喜んでいます」
「いいですね」
二人は、春樹の大学へと向かっていた。
「春樹さんの絵、見るの楽しみです」
「いえ、そんな大したことないですよ。僕なんてまだまだ未熟です」
「私、恥ずかしながら絵心がなくて。だから、絵を描けるというだけでも尊敬してしまいます」
「そう言っていただけると、嬉しいですね」
途中でバスに乗り、大学まで来た。
日曜日ということもあって、学生はほぼいない。広大な土地は、しんと静まり返っている。
「こっちです」
建物の中は、外よりもより静寂な空間であり、聞こえてくる音は二人の足跡だけだ。時々、大学生らしき人とすれ違うも、それも片手で数える程である。
階段を上り、長い廊下を歩き、春樹はある部屋の扉を開けた。
そこは、廊下とは比べ物にならないほど天井が高く、また、天井から降り注ぐ日の光が、その部屋を照らしている。人工的な光とは違い、その光はどこかあたたかい。そうして、普段は見ないような道具がたくさんあり、どこか非現実的な雰囲気を醸し出している。匂いも、小学生の頃にかいだあの絵の具の匂いで充満しており、しかしそれは不快な気持ちにはさせずに、むしろいい匂いだと思わせる。
「これらです」
そこには、何枚もの絵が並べられてあった。その一枚の絵の中には、言い表せない沢山の色があり、だからといってうるさく無い。
「なんだか、すごいですね」
そんな陳腐な言葉しか浮かんでこないことに、芸術家を目の前にして顔が赤くなってきそうだ。
「ホテルに飾るのは、縦横一メートルほどの絵なんです。これよりも大分小さいですね」
「私なんかで、本当に大丈夫ですか?」
「はい」
そう、美咲のほうを向いて静かに笑う彼の表情に、彼女は目が離せなくなってしまう。それは、この空間がそうさせているのだろうか……。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい、そうですね」
そうして、二人は大学を後にする。
「どういうところがいいですかね」