ふと木立の方に視線をやると、なにか植物に作業を施しているみたいだった。彼の方に彩夏は近づいてゆく。
カウンター奥のキッチンの収納棚らしき、ストックコーナーに入っているミニマヨネーズを何本か取り出している。
不可解な行動の訳を知りたがっている彩夏に気づいて、木立はやぁって手を振った。
「ここ好き?」
「居心地がよくって」
「そうよかった。さっき百合子さんに聞いた。あなた柘植彩夏さんっていうんだ。緑の先輩って感じだね」
「初めて言われた。だってあなたも木立さんでしょ。もっと先輩じゃない?」
「だね」
木立の手元に視線を注いでいる彩夏に気づいて、彼は自信ありげに云う。
「観葉植物ってさ、部屋の中の空気の汚れとか、もっと言うとみんなの折れてしまいそうな負のエネルギーとかを、ぜんぶあいつら受け止めちゃうわけ。そしたらホコリだらけになるでしょ。そこで登場するのがこのマヨネーズなんですな」
と語り始めた。
「例えばさ、アンスリウム。あ、アンスリウムって花知ってる?」
返事し遅れると「生花なのにさ、どんだけ頑張っても造花みたいに見えてしまうあれ。なんか残念だよねそういうところ。人のこと言えないんだけど。あの葉っぱを洗ってそれからティッシュにマヨネーズつけて拭くの。そしたらあ~ら不思議、こんなにぴっかぴか! ってなるんだよ」
少し照れたみたいになんてね、って付け加えた。
「ほんとはここは心安らぐ空間っていう、ふわっとしたコンセプトだったんだけどね。でもいつのまにかどこか悲しみを抱えた人達がやってくるようになって。もしかして彩夏さんもかなしみよこんにちは! マップもらった人?」
「そう、鳥の庭園の正木さんに」
「で、もしかしたら川上さんにあの鳥の庭園勧められた?」
「そうそう。なんで?」
「だって俺もね、川上さん経由でここに至ったんだもん」
彩夏は木立を見ながらこの人も、なにか悲しい出来事があったんだなって想像する。
「俺、やんちゃやっててさ。百合子さんともずっと会ってなかったんだけど。両親も亡くなって俺これからどうするよってなった時に、百合子さんを訪ねたの。人って本気で泣いてたら、誰かがそれに気づいてくれるもんだなって」
彩夏は、木立がまっすぐな眼差しで観葉植物の手入れをしている手元を見ながら、気持ちの中のもやっとしたものが少し晴れていることに気づいた。
「みんないろいろあるよね。とくにこういう世の中ってさ。ほらあそこにテーブル囲んでる人は、みんなペットロスを乗り越えようとしている人達。ペットロスぐらいっていう人いるけどさ。だってかけがえのない家族を亡くしたのと同じ痛みだからね」
かけがえのない家族って言葉を聴いて、ふいに彩夏は幼かった弟のことが過った。どんなに教えても靴の右と左をまちがえたり、お水っていえなくておみじゅおみじゅって言ったり。レゴのブロックがどうしても離れなくなって癇癪を起したり。どれもこれもどうしようもない戻れない時間の記憶ばかりだった。
木立の視線の先には、まだ癒えない傷を抱えているようにみえる人たちがいた、時々口を開いては互いになにかを共有している空気を醸し出していた。
百合子さんが大きな観葉植物を抱えてきたのを見て木立は「もう、ぜんぶじぶんでするなって。俺が持つから」って慌てて百合子さんから大きな葉っぱの植物を木立が引き受けた。ドラセナっていう名前らしい。
「ありがと。後はじぶんでできるから」