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『ホテル・真夜中の庭』もりまりこ

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 軽く彩夏に会釈してくれたのは、百合子さんの孫の街田木立さんだった。

 知らない人達が芝生に座り込んで何か話していた。彩夏が突っ立っているのをみて、その輪の中の人が軽く会釈しておいでよって感じで掌をひらひらさせた。彼らはここに通ってくるようになってきて長いらしく。百合子さんのこれまでのことをいろいろと話してくれた。
 スマイルマークのTシャツを着ている彼が話し始めた。百合子さんは、もともと町のはずれでグリーンショップを経営していてね。未亡人になってからは店を1店舗だけ残して、後はぜんぶ畳んで海の側の駅の近く百貨店の屋上で、グリーンショップ<グリーン・サム>をおよそ30年程続けていたんだって。それでも時代の波にあおられて、そのデパートは閉店になってしまったそんな折。
 そこまで喋ったら隣の彼よりは年配にみえるお姉さんが続ける。
 このホテルのオーナーから声かけられて、緑をコンセプトにした心安らぐ空間をこしらえてほしいって頼まれて始めたのがここだったんだって。
 百合子さん、なんかありとあらゆる人生の経験者なのに、いつも笑ってるのよ。それがすごいなって。
 その話を聞いた後、百合子さんが作業している背中をみる。未亡人になってからの哀しみはその背中には見当たらないぐらい、生き生きとしていた。

 ドリンクバーの隣には、ガラケースの中でミニキャロットやミニトマト、ミニ大根までが育っていて、自由に摘んでお皿に乗っける。この野菜達も百合子さんたちが育てているらしい。隣では百合子さんの孫、木立さんが庭園づくりの作業をしていた。
 つまりここは。町のはずれのグリーンランドのようなそんな楽園ホテルだった。
 さっきの輪の中にぺたんと座る。
 輪の中にいる女の人が何か話していた。
「バケツの中で赤や緑や茶色の絵具がついている筆を、浸してしゃらしゃらと揺らしてゆくと、水の中で、それぞれの色が溶けてゆく。みたいなね、そんな途中の色たちが、溶けてゆこうとしている絵が扉に描かれていたの。<過ち>について書いてある、みじかい小説。昔読んだときは挿絵の色きれいだなぐらいにしか感じなくて。でも今読んでみたら<過ち>をおかした側の人間にじぶんはいるんだって気持ちになってちょっと泣いたよ」
 彼女の話をうんうんっていう感じでみんなが聞いていた。話している彼女は、
 なにかの<過ち>を後悔しているらしく、このホテルに通うようになったらしい。
 彩夏のことをこっちにおいでよって誘ってくれた彼がでもさ、って口を開く。
「雑踏をすれ違う人たちにだって過ちが、あふれかえっているって。知らないだけで、そんなもんだよ。とかっていうのは誰かの受け売りだけど、ほんまそうやなって」
「でた、でた。照れてる時のジョニーの大阪弁」
 おもわず彩夏は「ジョニーさんっていうんですか?」って口をはさんで、その問いかけに、みんなが笑った。
「ぜんぜんジョニーやないのにな」
 誰かがつっこんで。
「ここではね」ってジョニーさんの返事が返って来た。
 みんな、何かを抱えてここにたどり着いた人が多いから、本名とかじゃなくてハンドルネームみたいなものつけようよってことになったらしい。
「だって会社とかじゃ、なかなか名前が邪魔してるよね。名前もポジションも
先輩も後輩も。なんか誰の企画でも、いいものはいいってことでいいじゃんとかって思うわけ」
 ずっと黙っているんだなって思ってた、アゴに少しだけ髭を生やした男の人が話しだした。会議でもいるな、最後のひとことで、どんよりと辟易した空気を打開してくれる人。そんな頼もしいイメージを彼に重ねていた。

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