研二が必死に弁解していると、背中側のカウンターの中にいた初老の男が話しかけてきた。
「咲ちゃん、もう勘弁してあげなよ。研二さん、困っているじゃないか」
咲ちゃん? ひょっとして知り合いなのか?
研二の頭の中に、さらに疑問符が増えた。
「知り合いなのか?」
「マスターは私のいとこなの。ほら、私のお婆ちゃんが伊東の人だったって言ったでしょ。マスターは、私の母親の兄の子供だから、いとこなのよ」
「おいおい、みんなグルかよ。みんなで俺をだましたっていう訳か」
「パパが悪いのよ。だって彼女に渡すはずだった昔のラブレターをずっと隠して持っていたんだから。これは一度、懲らしめてやらなくちゃって思ったのよ」
「いや、隠していた訳じゃないよ。たぶん忘れていただけだと思うよ。なにが書いてあるのかも、分からないし」
「きみは僕のすべてだ、とか書いてあったよ」
「キャー、パパ、なかなかやるね」
友紀はこの状況を無邪気に楽しんでいる。
「おい、子供の前で変なことを言うなよ」
研二はいたたまれないような気持ちで、咲子を睨んでいた。
いつの間にか初老の男が、カウンターの中から出て来ていて、研二と咲子の前にはカクテルを、友紀の前には、新しいジュースを置いた。
「ここら辺で仲直りの乾杯でもしてください。咲ちゃんも、この話は、もう終わりにしなさいよ」
「わー、私もカクテルが良かったのに」
友紀が新しいジュースを前にしてはしゃいでいる。
「じゃあ、乾杯しようよ」
そう言って友紀がジュースのグラスを持った。研二と咲子も、友紀の言葉にうながされてグラスを持ち上げた。
「じゃあ、かんぱーい」
友紀が咲子と研二のグラスに自分のグラスを当てて、そしてジュースをごくりと飲んだ。
「おいしい、このジュース!」
友紀がはしゃいでいる。
「あのメールは全部ママが打っていたのか?」
「そうよ。だって、まわりにそれらしい人なんかいなかったでしょ」
そうだ。瀬戸京子の気配など、まったく無かったのだ。それなのに俺は、盗聴器でも仕掛けられているのかと疑っていたのだ。研二はそう考えると、自分が恥ずかしかった。
「みんな、寝たふりしてたのか?」
「そうよ。それなのに嬉しそうに支度してるから、もう、ひっぱたいてやろうかと思ったわよ」
確かに俺は、うれしそうに支度をしていたような気がする。そう思うと研二は、もう言い訳するのはやめようと思った。
「どうする? ラブレター、返してあげる?」
「いや、もう捨ててくれ」
「えっ? 無理しなくていいんだよ。宝物なんでしょ」
「いや、もう、勘弁してくれ。そんな手紙はいらないから」