「あー、嫌になるなあ」
独り言が口をついてしまい、となりに立っているオッサンに、じろりと見られてしまった。ぎゅうぎゅう詰めのラッシュだ。大学の新卒で入社して三か月が過ぎた。大井川研二は、大学卒業までを新潟の田舎で過ごし、ずっとのんびりした学生時代を過ごしてきた。そのせいか、東京の朝の通勤電車には、なかなか慣れることが出来ないでいた。
東京の地下鉄は、どうしてカーブが多いのだろうか。土の中なのだから、まっすぐに掘れば良いだろうに。急に曲がるせいで、吊り革にしっかりとつかまっていないと、まっすぐに立っていられない。目の前に立っている女が、吊り革につかまっていなかったせいで、思い切り身体を預けられてしまった。
こんな状態の中では、若い女の身体がくっついて来て嬉しいなどという感情は、いっさい湧かない。むしろ、他人の体重まで預けられて、吊革をにぎる腕が千切れそうだ。
ようやく電車が霞ヶ関駅に停車した。研二が降りる駅は、次の日比谷駅だ。
「うっ」
急に首を絞められた。都会は何が起こるか分からない。突然刺されたりすることも有る怖い場所なのだ。誰かが研二のネクタイを思い切り引っ張って、研二の首を絞めたようだ。
研二は、恐怖と怒りが半分ずつ入り混じった顔で、ネクタイを引っ張る方向を見た。
すると、さっき研二に思いきり身体を預けてきた女と目が合った。電車を降りようとしていたらしいその女も、恐怖と怒りが相半ばした目で、研二を睨んでいた。
少しだけ視線を落とすと、研二のネクタイに女の長めのネックレスの先が絡み付いて、ピンと張った一本の線になっていた。
それは、二人の首と首をつなぐ運命の赤い糸のよう、という感じは全く無く、ただ単に、間抜けな二人、といったところだ。
研二は仕方なく、その女の腕を押して、電車を降りた。
「何でネクタイに絡んだんだよ」
「知りません。そんな可笑しなネクタイをしているからじゃないの」
研二はカチンときた。すみません、くらい言えば、気持ち良く許してやったのに。吊り革にもつかまらずに、俺に身体を預けて来たのはそっちじゃないか、と研二は言いたかったが、見ず知らずの女と、こんなところで喧嘩していても始まらないと思い直した。
女は、長めの鎖の先に、青い石を金属の装飾で囲っているネックレスを付けていた。その金属の装飾部分の一か所が、ネクタイの糸にしっかりと絡みついてしまったのだった。
研二は、絡んだネックレスを外そうと、一生懸命にネックレスとネクタイを動かしてみたが、ネックレスの装飾部分の金属が意外に細かくて、なかなか外せないでいた。
朝のホームは、大勢の人間が、大きな塊のようになって動いていく。その場所で、向き合って寄り添っているように見える俺たちは、まるで恋愛におぼれたバカップルだと思われそうだという気がした。
突然女が、イライラしたような口調で、
「もういいです! このネックレス、差し上げます」