そう言うなり、首からネックレスを外して、さっさと行ってしまった。
「くそー、あの女め」
研二は女の背中を睨みつけた。
ネクタイの途中から、ネックレスがぶらりと下がっている。
「あーあ、また満員電車に乗るとするか」
研二は独り言をつぶやきながら、ネクタイを外して、からみついたネックレスと一緒に丸めて、上着のポケットに突っ込んだ。
会社に着いて自分の席に腰を下ろした研二は、ポケットからネクタイを取り出した。落ち着いて作業すれば、別に難しいことでは無い。ネックレスはすぐにネクタイから外れた。
研二はネクタイを締め、ネックレスは上着のポケットに戻した。
人のものを預かっているというのは、何となく落ち着かないものだ。ましてや、ネックレスを付けていた女の顔も見てしまったのだ。
やっぱり返そう。そう思って、次の朝、少し早い電車に乗って、昨日、女が降りたホームの同じ場所に立っていた。
通勤なんて、だいたい決まった電車の決まった車両に乗るものだ。
女は、予想通り、研二が立つホームに降りてきた。
「あの!」
女に向かって、昨日のネックレスを手に掲げながら声を掛けると、女と目がった。きっと睨んでくるのだろうと覚悟したが、予想外の笑顔で駆け寄ってきた。
「これがパパとママの出会いなんだよ。どうだ、ドラマチックだろ?」
研二は小学六年生になった友紀が、どうしても聞きたいとせがんだ出会いの場面を、物語のようにして話してやったのだ。
「続きは、友紀がもうちょっと大人にならないと話せないな」
「えー、やだー、今聞きたいのに。じゃあ、どうしてママが次の日は笑顔だったか教えてよ」
友紀はニヤリとして咲子の顔を覗いた。
「そう言えば、俺もそれは聞いていないな」
研二も聞きたそうだ。
咲子が、ちょっと遠くを見るような目をして、口を開いた。
「それはね、あの日、パパと別れてから、ふと気が付いたことが有ったの。パパがネクタイからネックレスを外そうとしていたとき、ごいせーなーって言っていたのよ。ごいせーって、面倒なという意味の伊豆の方言だから、あの人、伊豆の人だったんじゃないかと思ったの」
「あれ? ママは伊豆の人じゃないのに、どうして分かったんだい?」
研二が不思議そうな顔で聞いた。
「お婆ちゃんが伊豆の人だったの。熱海よりもう少し南側の伊東っていうところ。温泉がいっぱい有るところだよ」
「へえ、お婆ちゃんかあ。それじゃあ、ママは伊東へ行ったことが有るの?」