研二は、すぐにドアの方に目を向けることが出来なかった。何だか照れくさいような気もするし、本当に会いに来て良かったのかという後ろめたさも有った。
白髪の男も、研二にビールをついでくれた女も、何も言葉を発しないでいた。
お客では無いのか? と考えたとたんに、子供の声がした。
「ねえ、パパ。何してるの?」
――えっ?
「パパ、ずるいよ! 一人で遊びに行くなんて」
友紀の声だ。研二は混乱した頭で店の入り口の方を向いた。
そこには、満面の笑みをたたえた友紀が立っていた。友紀だけでは無い。咲子もいる。
――えっ? どうして?
「ゴメンね、恋人が来なくて」
咲子が笑いながら言った。
「良かったら皆さんで、テーブルの席に移りませんか?」
ドアを入ったところで突っ立っている二人と研二を交互に見ながら女が言った。
三人で、一番奥のテーブル席に腰を下ろした。
女が、カウンターのビールを、研二の前に持って来た。そして、咲子と友紀はジュースを注文し、すぐに女が持ってきてくれた。
ジュースを一口飲んだ咲子が、
「あのメールは、私が打ったの」
と言って、ニヤニヤしている。どう見ても勝ち誇ったような顔だ。
「えっ、どうして知っているんだ」
「旅行のカバンを探していたら、納戸の奥に、昔のパパのカバンが見つかったの。なつかしくなって、今回はこのカバンで行こうかなと思って出したら、中からラブレターが出て来たのよ」
「俺のか?」
「見たら、書き出しに、瀬戸京子様って書いて有ったの。読んでいるうちに頭に来て、ちょっと天罰を与えてやろうと思ったの」
「それで、あんなメールで俺を誘ったのか」
「もう、のこのこやって来ないでよ」
咲子は、わざとうんざりしたような顔で言った。
「パパ、逮捕だよ。現行犯逮捕」
友紀が楽しそうに続けた。
「いや、俺は、何か困っていることが有って、もし困っているなら、話くらい聞いてあげないといけないかと思っただけだよ」
「出た! パパの言い訳!」
そう言った友紀の顔は、すごく楽しそうだ。
友紀と咲子は、お互いに目配せしてニヤニヤしている。最近は友紀が大きくなってきて、女同士結託するようになってきているのだ。
研二は、深刻な顔はできない、あくまでも笑顔で、心の動揺を出してはいけないと思っていた。
それでも、どうしても動揺は隠しきれていないようだった。
「ねえ、パパの目が泳いでいるよ。そろそろ助けてあげようよ、ね、ママ、いいでしょ」
友紀が咲子に無邪気な笑顔を向けた。
「そうねえ、まあ、許してあげようか」
咲子の声は、しぶしぶの感じだったが、それでも顔は笑っている。
「俺は騙されていたということなのか?」
「昔の恋人が来ると思って鼻の下を伸ばしていたんでしょ」
「いや、だから、何か困っているのかと思って、ちょっと心配しただけだよ」
「それで、相談にのりながら、ちょっといいことでもしようと考えていたんでしょ」
「ママがいるのに、そんなこと考える訳ないだろ」