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『メアリ&ローズのスープの家』菅野恵

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 それから、ローズの目からは涙が流れ続けて、止まらなくなってしまったのです。医者に行ってもどこにも異常がありません。それからローズは悲しくなくてもずっと涙が止まらないのです。それで、床も涙で水浸しになってしまって、わたしとローズは毎日床にたまった涙をかいださなければなりませんでした」
 ジャックは、ここまで聞いて、マダム・メアリが頭のおかしい女性らしいということを思い出した。
「ハウエルさん、わたしが頭のおかしな女だとお思いでしょうね」
 メアリがおかしそうに笑いながら言った。
「いえ、とんでもない。こうみえても、わたしは今まで色々な話を聞いてきたのでね」
 ジャックはそう言いながらも、マダム・メアリは妄想癖かもしれないなどと考えていた。
「どう思われてもけっこうなんですよ。とにかく、その母を救いたくて13歳のわたしは色々と知恵を絞ったんですの。そのころから、ママと呼ばずに母をローズと呼ぶようになりました。そして、ある時、わたしはいいことを思いつきました。そして、ローズに言いました。この涙を瓶に詰めて、お料理に使ったらどうかしら、とね。ローズは喜び、それから二人で毎日ローズの涙を瓶に詰めて、スープを作り始めました。ローズは白いスープが大好きだったので、よく白いスープを作りました。味付けはローズの涙の塩気だけですのよ。それはそれは美味しくてね、近所の人たちを呼んで、スープを出したところ、みんなが喜んでくれて、たちまち人が集まるようになりました。病気の子供やお年寄りが元気になったり、弱った犬が元気を取り戻したりしましたのよ。そうして、ローズの涙は無駄にならずにすみました。ところが、ある日、突然、ローズの涙が止まったんですの。わたしとローズはもちろん大喜びでしたけれど、中にはあの涙のスープがもう飲めないなんて、と残念がる人も大勢いたんですよ。」
 ジャックは、質問した。
「それでは、今のこのスープのレシピは?」
 メアリは微笑んで答えた。
「実は、わたしはローズの涙の瓶をそれはそれはたくさん、ワイン倉庫にしまっていたんです。ローズが亡くなってからしばらくして、そのことを思い出して、それでローズの白いスープを作ってみたんです。変わらない母のスープでした。それで、このスープの家を思いついたんですわ」
 ジャックはまた尋ねた。
「しかし、何年も、いや、何十年も前の涙で、成分が変わったり、菌が入ったりということはないんですかね?」
「いいえ、ワインが熟成するように涙も熟成していくんですの。以前よりもさらにスープは深みを増して美味しくなりましたわ」
 メアリは言葉を続けた。
「ただ、さすがに涙の瓶も少なくなりましたの。なくなったら、ここのスープも終りです」
「そうでしたか。では、涙の瓶が終わる前に、ぜひわたしもそのホワイトスープをいただきたいものです」
 ジャックはお腹が減っていることに気づいて、心からそう言った。
「もちろんですとも。どうぞ、召し上がってみてください」

 カフェで女性たちが話していた通りの白いスープだった。パンは、ライ麦パンかコーンブレッドを選べた。ジャックはコーンブレッドをたのんだ。
 メアリが妄想癖のご婦人なのか、頭のおかしいマダムなのか、それとも、歳のせいで思い出をデフォルメしているのか、ジャックには判断がつかなかった。
 しかし、このやさしく美味しい味のスープの前では、どうでもよくなった。話を聞いたからなのか、空腹だったからなのか、それとも本当にスープの力なのか、まったくわからなかったが、このスープは、食に興味のないジャック・ハウエルの心と身体を芯から癒した。

 ジャックの書いた記事は評判になり、メアリ&ローズのスープの家はちょっと有名になり、新聞社には問い合わせが殺到した。しかし、それからまもなく、突然、このスープの家は閉店し、家も売却されてしまった。メアリがその後どうしたのか、ジャックには知る由もなかった。

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