その言葉に袋小路さんは「ああ」と軽く呟き、「俺、みんなにもう帰るって言ってあるから」と言って、もたれかかっていた壁から背中を離した。そして、私の方を振り向いた。
「小牧さんは、あの場所に戻りたいの?」
「え?」
「幼稚園や保育園、小学校、中学校、高校、大学……年を取るにつれて自分を取り巻く人間関係って複雑になっていくけど、今まで出会った人達と全員、今後も付き合っていくわけじゃないでしょ。俺たちは選ばないといけないんだよ」
選ぶ、と声を出さずに繰り返す。
「相性を見極める、と言い換えてもいいかな。小牧さんはどういうわけか、今回の合コンのメンバーに選ばれた。彼女たちは小牧さんを選んだわけだけど、小牧さんにも選ぶ権利はあるんだ。自分の世界を構築する人間関係を、選ばなくてはならないんだよ」
再び足を踏み入れた店内の熱気は私を息苦しくさせた。「帰ります」と言った私を未来も千鶴も、そのほか誰も引き留めなかったし、理由も聞かれなかった。
すっきりとした気持ちで外へ出ると、なぜかまだ袋小路さんが立っていた。まるで私を待っていたみたいに。
「小牧さん、良かったらこれから俺の店に来ない?」
小牧さん、お酒好きでしょ? と言われればうなずかずにはいられない。先ほどの名刺に書いてあったバーのことだろう。
「どうしてだろうね、小牧さんとはもっと話をしていたいと思ったんだ」
小さな声でそう言われたのをきちんと聞き取ってしまうと、寒さの中、頬が火照るのがわかった。
「どうして嫌いなの、モモ」
「甘すぎるのが無理なんです。他のフルーツは平気なんですけど。大切にモモのお世話をしている両親には申し訳ないです」
「嫌いなものを無理に好きだと言う必要はないさ」
歩き出した袋小路さんの大きな背中を追う。そのゆっくりとした足取りは、きっと私の歩調に合わせてくれている。
「Bar Cozy」はカウンター席が九つあるだけのこじんまりとしたお店だった。袋小路さんが一人で経営しているというこのお店は、祝日はお休みをしているそうだ。
「コージーって、どういう意味なんですか?」
勧められた椅子の一つに座りながら、私は疑問に思っていたことを口にした。
「ああ、それね」
と少し笑いながら袋小路さんが答える。
「cozyは〈居心地がいい〉って意味があるんだ。だから、ここに来たお客さんにはリラックスしてもらって、楽しく過ごしてもらえればいいなって思ってつけた名前なんだ」
それと、とグラスを取り出しながら続ける。
「俺のあだ名がコージだから」
ほんのりと寂しさを含んだ笑い方。名前が嫌いだから、苗字で呼んでもらう。その気持ちが理解できるから、私は笑うことができない。
「小学生の時、女みたいな名前ってずっといじめられてて……俺、体小さかったから、クラスの男子が怖くて、何も言い返せなくて」
長身で肩幅の広い、目の前の袋小路さんの姿しか知らないから、昔の様子はうまく想像できない。だけど、眉間に寄った小さなしわや握られた拳が、その話が真実であると証明している。