そこまで話して、こちらに目をちらりと見た。ばれてる。きっと私の顔を見て、自らの推測が正しいことがわかったんだろう。フクロコウジさんは再び口を開く。
「仕事の話をこちらが振った時、小牧さんが身構えたように俺には思えた。仕事の話はしたくなかったんだろうね」
よく見てる。この人、怖い。
「農業をしていることにどうやらコンプレックスがあるらしいけど、男たちの反応を見て小牧さんの表情が和らいだ。そこで話が終われば良かったんだよね」
この人が私のことをよく見てることが怖いんじゃない。私は、自分の本心が他人に知られることが怖いんだ。
「小牧さんはきっと、自分の名前があまり気に入ってない。特に仕事と名前を結び付けられることが好きじゃない」
どうしてさっきの話をほじくり返すんだろう。もう、この人の話に耐えられそうになかった。
「やめてください。全部あなたの予想通りですから。だから、もうこの話やめて――」
「うん、だから――」
優しく遮る声がして、何か言いかけたようだ。だけど、その後の言葉が続くことはなかった。その代わりに私の頭の上に、ぽん、と何かが乗せられた。
「ごめん、話しすぎた」
頭に置かれた掌が、温かい。この人、たぶん私のことを困らせようとしてこの話を振ったんじゃない。
ぽんぽん、と慰めるように頭の上で掌が優しく跳ねた。それがきっかけになった。
「さっき、何を言いかけたんですか?」
うーん、とうなり声がして、しばらく間が空いた。きっと今、この人は私が傷つかないように言葉を選んでいる。
「俺の連れが小牧さんのことを傷つけた。だけど、俺もずけずけと小牧さんの心を踏みにじった。友人のことを謝ろうと思ったのに、謝らないといけないのは俺の方だったことに気付いて、何も言えなくなった」
悪い癖なんだよね、思ったこと全部言っちゃうの、と吐き捨てた。
「人の気持ちを考えることがきっと苦手なんだろうな……」
そんな独り言が聞こえて、はっとした。
「そんなことないです。だって、私のこと気にして外まで来てくれたんですよね? 私が傷ついたのがわかって、友達のことを謝ろうとして……それは充分、私の気持ちを考えてくれています」
勢い込んで話すと、フクロコウジさんは目を丸くして笑みをこぼした。
「なんだ、ちゃんと会話できるんだ」と白い頬にえくぼを作った。
「でも、それは違う」
そう言って着ていたジャケットから名刺を取り出し、私の方へ差し出した。
「俺の名前、こう書くんだ」
そこには【Bar Cozy 店長 袋小路夏希】とあった。
「俺の名前、夏希っていうけど、漢字で書くと女に間違われるから嫌いなんだ。だから、自分の名前を嫌ってる小牧さんを見てると、なんだか」
その先をなかなか続けようとしない。自分で気づいたんだろう。だってそれって。
「それって、充分すぎるほど、私のこと考えてくれてますよ」
俯いた袋小路さんの表情は見えなかった。冷たい風がひときわ強く吹き付けて、体が冷えていることに気づいた。思わず腕をさする。
「そろそろ戻りましょう。私寒くなってきました」