俯くことしかできなくて、みんなの様子は見えなかったけど、きっと私だけ笑えていなかったはずだ。
幸い、お酒は好きだから、男性たちに合わせて私もハイペースで飲んでいた。そんな私を見て、隣に座る千鶴が「大丈夫?」と首を傾げた。千鶴はお酒に弱く、さっきからほとんど飲んでいない。薄くベージュに色づいた爪をどうやってきれいに見せようか、それを考えながらグラスに手を添えているだけだ。
「ちょっと飲みすぎたかも……お手洗い行ってくるね」
別に酔ったわけではない。だけど席を離れる良いチャンスが生まれた。正直疲れた。外の空気が吸いたい。ちょっとくらい戻らなくても、心配はされないはず。そう思って店の扉を押そうとした時、背後から伸びてきた腕が代わりにドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
そう言って相手の顔を見上げると見覚えがある。相手の男性陣の中の一人かもしれない。私の困惑が伝わってしまったのだろうか、男は「フクロコウジ、ナツキ」と名乗った。
そこまで聞いてやっとわかった。職業は「自営業」と答えていた、あの無表情な男。ぶっきらぼうで、一番苦手そうだな、と思った人だ。席が離れていたから、言葉を交わすことも目を合わすこともなく、彼の人間性がいまいちつかめていない。
「小牧さん、だよね」
外へ出ながらフクロコウジさんがしゃべった。はい、と答えながら私も一緒に外へ出る。少しひんやりとした秋の空気が私たちを出迎えた。
「楽しくなさそうだね」
フクロコウジさんがこちらを見下ろしながら話しかけてくる。この場を和ませようという気は一切ないようだ。私はぎこちなく笑うしかなかった。
「俺はお酒って静かに飲みたい派なんだよね」
一人とか二人とか、それぐらいの人数で、と続ける。「小牧さんもどちらかと言えばそうじゃない?」
フクロコウジさんはさっきから、私のことを「小牧さん」と呼ぶ。他の男性陣は、ほとんど会話に参加していない私の苗字などすぐに忘れているだろう。「モモ農家の桃ちゃん」という印象はあるかもしれないけど。
「すごいですね、今日のメンバーの名前、全員覚えてるんですね」
名前を覚えるくらい、当然のことなのかもしれなかったが、私は思わずそう言っていた。
「小牧さんだけだよ、名前を覚えているのは。俺って急に行けなくなったやつの代わりだから、今日の合コンに興味ないし、そもそも合コンに行きたいと思ったことないんだよね」
私の名前だけどうして、と思う間もなく「どうして自分だけ、と思った?」とにやりと笑いかけてきた。ぶっきらぼうだと思っていたけど、こんな風に笑うんだ、となぜか心臓が高鳴る。
「小牧さんは自分の名前が好きではない」
淡々としているが、先ほどとは少し違って、声に真剣さが含まれている。私はその断定した言い方に、身を固めた。
「友達はみんな小牧さんのことを苗字で呼んでいた。ああ、『友達』とは言ったけど、たぶん今日初めて会った、あるいは最近知り合ったばかり、というメンバーもいたんじゃないかな。それはともかく、四人はお互いのことを名前で呼び合っているのに、小牧さんだけ苗字だった。まあ、女性同士の関係性に口出しするつもりはなかったんだけど……」