今日も、高校に行ったことにした。
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島の診療所には、結構活気があるの。
本州にある病院だと、一人に一部屋制が基本で静かだって聞くけど。こんな田舎島にそんな慣習はかんけーないみたい。
アタシが休んでる部屋にも、別の部屋にいる子供とかおじいちゃんおばあちゃんとかの声がする。入院してるって言うのに、みんな楽しそうだ。
楽しそうに振舞わないと、辛いって人もいるかもしれないけど。
そんな人の不安を消せるような人間に、アタシはなれるだろうか。
夜の島風が、流れてくる。
アタシの部屋には、小窓が一つ。いつもはやかましい暑さと、聞きなれた波打ち際の水の音しか運んでこない癖に、今日は気持ちのいい風を送ってきやがる。
「咲ちゃんは頑張っているんだね。患者さんの為に働けるように、いつも頑張って勉強しているんだね」
「…………あっくん?」
彼の声がした……ような気がした。思わずはっとして、意識を覚醒させる。勉強していたはずの看護学校の過去問には、べっとりよだれが付いている。
たぶん夢だ。少し出歩いてみたけど、あっくんは居なかったし、口元のよだれで両親に勉強してなかったのバレたし。夕方に電話であっくんが島に帰ってこれないかもって言ってきて、それでふてくされてた。試験勉強に集中することで少しでも考えないようにしてたんだった。
結局、勉強も嫌になったけど。
品ぞろえの悪い島の本屋で取り寄せて、なんとか手に入れた赤本。二、三年分解いて、志望している学校の合格点は超えられてない。英単語帳とか理系科目の定義法則をまとめたノートを見返して、間違えた所を何度も解き直しているのに。
「あ~もうっ! なんでこの問題、解説が載ってないのよ!」
赤本を解いたことのある高校生なら、誰でもぶつかるもの。答えだけ掲載されていて、解き方が載っていない。これじゃあまた、学校の先生のお世話にならなきゃ。
シャーペンを放り投げて、自分のベッドにダイブ。解けなかった問題のことを思い出しちゃって「ぐぬぬ……」と足をバタバタさせた。このままじゃ、両親のように医療に携わる人間にはなれない。
両親は、この島で診療所を開いている。私はそこの一人娘として、働く二人の姿を見て育ってきた。誰かの為にせわしなく笑顔をふりまく二人、寄り添う二人のようになりたいと思った。
アタシのー立花咲の夢を応援してくれたのは、あっくんだった。
あっくんは、アタシが物心ついたころからウチの診療所に入院していた。父母に憧れてたアタシは、勝手に白衣とか聴診器を借りて診断ごっこをしたり、色んな所に絆創膏を貼りまくっていた。
つまり、アタシは超絶バカだった。
でもあっくんは、全部付き合ってくれた。
「これだけ絆創膏があれば、なんでも治るや」
にこにこしたその笑顔が、素敵な男の子だった。そのあと、鬼の形相をした母親にアタシは泣くほど怒られたけど。
助かる見込みが他の患者さんより何倍もないのに、私は彼に声を掛けていたことを、大きくなってから知った。
「キミに看てもらえるなら、ボク、がんばれるかも。素敵な看護師さん」