けど、少年は教えなかった。見つけたけど教えなかった。人魚は美しかったし、自分を愛してくれた母親に似ているような気がした。
少年の母親は亡くなっていたけれど、誰かを愛する心はちゃんと遺伝されていた。
目が見えず、恐怖に震える命を彼は慈しむことにした。
人魚の所に食料や医薬品を運ぶ日々。少年はバレずにすんでいると確信していた。
でも。
村の人間たちは薄々勘づいていた。彼が人魚と通じていると。
そして妄想した。アイツだけ得をしている。男と女の悦を楽しんでいる。いずれ力も手に入れる。
その前に、動かねば。
明日様子を見て、体に問題が無かったら彼女を逃がそう。出来たら、想いも伝えよう。
そう願った日、彼は死んでしまった。
汚い村人たちの暴力には、はずみがあった。
人魚は泣いた。彼の想いを悟っていたし、自分のことを死んでも村人に話さなかったであろうから。
入り江から離れるとき、月明かりが人魚を照らす。その時、少年の声がした。
なんて言っていたか分からなかったが、思わず人魚は目を開ける。
何も見えなかったその目には、星空が映っていた。正確には、彼女が浸かっている浅瀬に暗闇と月明かりが反射し、埋まっている貝殻が星に見えた。
恋は盲目。少年はおらず、もう恋は出来ないけれど。愛が、彼女の目を開かせた。
人魚は去り、その年の嵐で醜い村人は死んだ。
「なんで……なんでしんじゃうのぉ! なんで! おとこのこが! ひんじゃうのぉぉぉ!」
この話を咲ちゃんにしたときは、ぼろっぼろに泣いていた。涙と鼻水を容赦なくケータイにに押し付けていた……と思う。
自分が生まれた島にこんな言い伝えがあるなんて、と感動していた。
僕と咲ちゃんが、あのハーゲンダッツを最後に分かれたのも、あの入江なんだけどな。
そんな昔ばなしが添えられて、あの島では名所として入り江が存在している。
彼女に会いたい。もう一度会いたい。
島の方を見る。
僕の部屋からぽつんと見える、あの島の診療所に咲ちゃんはいる。今日だって彼女は頑張って生きている。
生きている間に、様々な人と出会う。
僕も咲ちゃんも、生まれてまだ十数年。だけれど、たくさんの人と出会って、すれ違って、好かれて、嫌われて、仲直りして、別れていく。その中で、僕は何かを学べたのだろうか。あの島の伝承に出てくる人魚に恋した少年が、出会い頭にその優しさで人魚を包んだように。
僕は誰かを愛せたのかな。誰かは僕を……好いてくれたかな。
だとしたら、嬉しい。
そうだ、咲ちゃんに電話しようかな。
きっと、僕が通っている高校で起きたことを聞いてくる。
大丈夫。LINEで、友達から面白かった情報は仕入れてある。