「僕……まだ咲ちゃんと付き合ってません。だから、彼女じゃない……っていうか」
細かいことを、ただそれだけ。
先生は「キミは純粋だな」と言いながら、からかい気味の口調で続けた。
「手紙に、お互いあんなに好きだ何だ書いておきながら?」
「! か、勝手に見たんですか⁉」
「あ、本当に書いてるんだね」
すぐさま引っ掛けられたことに気づき、思わず顔を伏せる。先生はまた笑ったが、少し乾いた笑いだった。
咲ちゃんには、会いたい。
でも、僕の世界のすべてを咲ちゃんが支配しているわけではなかった。
先生が出て行って、僕は部屋に一人きりになった。海沿いのこの部屋に、潮風が流れてくる。
僕は不意に、お父さんやお母さんのことを思い出した。
クラスの友達のことも、あの校長……いや今は学長先生か。
五月雨先生にだって、お世話になった。
どうしてこんなことを考えるのか。僕には予感があった。
紙とペンが欲しい。紙がないなら、キャンバスにだっていい。
今は、文字を綴りたい。
すこし、ねむい。
4
あの島には名所がある。
不帰の入り江。もしくは、星空の入り江。
昔、あの島の漁村に住む少年が人魚と恋をしたんだ。かつては人魚を食べると色んな力が手に入るって言われて、その人魚は村の人間たちに追われていた。
その人魚は生まれつき目が悪かった。自分を狙う人間の声を聴き、おびえるうちに攻撃された。尖ったもので突かれたし、網を被されそうにもなった。それでも何とか逃げて島の入り江に隠れた。しかし見つかるのは時間の問題。
少年も大人たちから人魚を見かけたら教えるよう言われていた。