「………………もしもしあっくん?」
「あっ! 咲ちゃん!」
「うわびっくりしたぁ。声でかいよ」
彼女は笑いながら「そんなに声が聞きたかったの? あれ、アタシもしかして、耳かきボイス系の才能アリ?」とおどけた口調で。
僕も「咲ちゃんなら、そっちでも上手くいくでしょ」と合わせる。
咲ちゃんと笑い合って、ちょっとした間が生まれた。シンとした僕の部屋に、潮風が吹いてくる。爽やかで、涼し気な風が。
「あっくん、今日は何話そうか」
「咲ちゃん、あのね、今日高校で……」
「うん」
彼女の吐息が、耳にかかるようで。
思わず胸が、きゅぅとなる。
翌日の三時過ぎ、来客があった。美術部顧問の、五月雨先生だった。
本土に来て、僕はよく絵を描いている。
高校でも美術部に入っているし、五月雨先生からの評価も結構良い。
「おーい望月、居るか~? 居ないか~?」
「居ないって言ったらどうします?」
「居ないか。じゃあ帰る」
「い、居ますよ! 声したでしょ!」
先生は「ふふふ、寂しがりめ」と言いながら部屋に入ってくる。三十歳手前で独り身な先生だって寂しくないのかと思ったけど、口にするとこの人は拗ねるのでやめた。
「今日は、先日キミから預かった作品の返却と、講評をしようと思って」
休日にわざわざ来てくれる五月雨先生を見て、評価上のえこひいきはしなくても、生徒の好みはあるのかなと思う。これは勘だけど、僕は先生にどこか好かれていると思う。
「あ、そうだ。今度、私が誘った学生だけで合宿に行くが、望月も来ないか?」
もうすぐ夏休みだし、部活に入っていると、合宿の季節だなって感じる。
先生から合宿の中身を聞かされながら、行くかどうか考えた。
どっちにしろ、闇鍋ならぬ闇バーベキューは面白そうだった。
結局、先生の誘いは断った。
行きたい気持ちはあった。僕と仲のいい奴も誘われてたし。
でも、僕には帰りたい場所があるから。
五月雨先生が帰った後、別の先生が僕の部屋に入ってきた。いつも同じ服を着ているその先生に、僕はあの島に帰る計画を話した。
その先生の表情は、とても曇っていた。
「正直言って、時間が足りない。医学の発展は、もっと足りない。島にいるキミの彼女を、静かに応援してやってあげないか?」
「……それは、最後の時までここにいろってことですか?」
「キミのご両親も、それを希望している」
いつも同じ服を着た先生はそれだけ言って、僕の部屋から帰ろうとした。僕は何も言い返せなかった。いや、一つだけ言い返した。