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『ドレスダウンホテル』太田純平

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伝う脇汗を腕に感じながら、とりあえず「これなんかどう?」といった具合で浴衣を選んでやった。彼女は英語で「これいいわね」「この色素敵ね」なんて事を多分言っているのだろうけど、聞き取れないから愛想笑いで誤魔化した。
 彼女は年老いているとはいえ、かなりお上品な顔立ちだったので、浴衣は何となく薄紫色をオススメしてみた。リアクションから察するに、彼女の好みは赤とかオレンジなんだろうけど、それじゃあ日本の夏というよりジャマイカの夏だ。
彼女は俺が選んだ「朝顔」という商品名の浴衣を鏡の前であてがうと、しきりに「いいわね」「いいわね」みたいな事を英語で言った。意味は分からないけど、彼女が笑顔だから、何となくこっちまで嬉しくなった。

「3」

 フロントで支払いを済ませると、例の外人客は女子更衣室に入っていった。浴衣への着替えは基本的に客個人で行ってもらう。更衣室に着付けのマニュアルがちゃんと四カ国語で書いてあるから、誰でも五分くらいで着替えられるはずだ。
 実際ケイティは、ものの数分で女子更衣室から出て来た。頼むからもう絡まないでくれ。そんな俺の願いも空しく、彼女はこちらにやって来るなり「朝顔」の浴衣姿を見せつけるようにクルリと一回転した。
「オウ、グー、グー。ビューティフォー」
 知っている限りの単語でとりあえず褒めた。すると彼女は「ありがとう」的な英語をワーワー捲し立てた後、携帯電話のグーグルマップをこちらに見せながら「名所の滝に行きたいの」みたいな事を英語で言った。
「オウ、アーン。オウ、え~っと……」
 さすがに返答に窮した。このホテルの周辺は観光スポットになっていて、中でも一番有名なのが滝である。百メートル近い落差を一気に流れる瀑布は見ているだけでも気持ちが良い。ここからそんな名所の滝まで行くには、市営バスを使う事になる。仮に口頭でそのバス停まで説明出来たとしても、さらにそのバス停で乗るべきバスについて教えなくてはならない。色々と話がややこしいから、翻訳アプリの出番は無さそうだ。一瞬、メモ帳に道筋を書いてやろうかとも思ったが、なにせ絵にも英語にも自信が無い。さすがにこれはと思って宇梶さんを頼ろうと思ったけど、タイミング悪く電話応対で忙しそうだ。
 日本に不慣れな彼女の役に立ってはやりたいけど、全く言葉が出て来ない。クソッ。どうしてこうなった。これだから接客は苦手なんだよ。
「シンゴ」
 彼女が俺の名前を呼んだ。さっき彼女が自己紹介をした時に名乗っておいたのだ。
「分からなければ自分で探すからいいわ」
 多分そんなような事を彼女が言った。そう言われてしまうとますます案内してやりたくなる。といってもいきなり言葉がポンッと出てくるものでもない。バス停まで道案内をしてやるのは簡単だが、むやみにポジションを離れるわけにもいかないだろう。かといって宇梶さんに「ちょっとエスコートしてきます」なんて断りを入れようものなら、どんな小言を言われるか分かったもんじゃない。
「ホテルを離れるホテルマンがどこにいる」
「口頭で説明するかタクシーを呼べ」
「お前はホテルマンとしての自覚を――」
 だいたいそんなところだろう。ホテルマンホテルマンって、そもそも俺はホテルマンじゃあ――。
 はぁ。これだから社会は嫌なんだよ。仕事って何ですか。ポジションって何ですか。この前たまたま観た海外ドラマの中で「クビになったら自由になれるのに」と呟いた会社員がいたが、あれはけだし名言だ。
 仕事とか、役割だとか、なんだかもう全部パーッと忘れて自由になりたい。融通が利かな過ぎるんだよ日本社会は。労働者である前に一人の人間だ。困ってる人を助けて文句を言われるなら、そんな仕事辞めちまえっつーんだ。
 俺は相変わらず手が離せそうにない宇梶のオッサンを見て、決断した。クビになったら自由になれる。この言葉が背中を押してくれた。
「カモーン!」
 俺はケイティに明るくそう言って、ホテルの外へと飛び出していった。

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