素人の俺なんかが厚かましいとは思ったけれど、どうしてもと料理長であり、ひーちゃんの父親である牧野さんに頭を下げた。オムレツを作るにはこのホテルの厨房を借りるしかなかったからだ。牧野さんは渋い顔をしたが、ひーちゃんも一緒になって頼んでくれた。
「まぁ娘がいつも世話になっているみたいだし……」
そうして俺は、今から1時間だけ厨房を使わせてもらえることになった。
「海斗はオムレツ作ったことあるの?」
「無い!」
「じゃあ、ひーちゃんも手伝う!!」
「お前なんか卵も割れないだろ」
「混ぜれるもん!」
果たして、ひーちゃんを傍らに完成させられるのだろうか。そんな不安を抱えながら、俺のオムレツ制作はスタートする。
家に居てもキッチンに立つことなんてほとんどなくて、作ったことがあるとすればインスタントラーメンくらいだ。フライパンを持つ手がじっとりと汗ばんだ。
「緊張してるの?」
「……よし、料理人になった気分で作ろう」
「いいね!」
「あ、待った。卵買って来なきゃじゃん」
「パパが使っていいって言ってたよ」
「え?」
「お客様のためならって」
それから俺たちはオムレツ1号を作った。だがそれは、ケイコさんが言っていたふわふわで柔らかいものとは無縁のものだった。
「味も……薄いし、焦げが強いなぁ」
「多分バターとお砂糖、あと牛乳ももっと入れるんだよ」
「え?」
「で、こうやって、ぐるぐるーって優しくかき混ぜるの。フライパンも一緒にね」
ひーちゃんのアドバイス通りにオムレツを作った。
「なんでそんなに詳しいの?」
「いっぱい見て来たから」
「なるほど」
さすが料理人の娘だ。なんて俺は感心しつつ、限られた時間の中で、思い出に残る味になれるように何度も作り直した。
「ひーちゃん、これ大好き!」
一体これはオムレツ何号だろうか。何度も俺にダメ出しをして来たひーちゃんの目が輝いた。
「できた」
それは見た目こそ少し不格好だが、甘くて優しくてどこか懐かしい、そんな味だった。
部屋のチャイムを押すと、中からケイコさんが顔を覗かせた。
「あら、遊びに来てくれたの?」
ケイコさんは嬉しそうにそう笑った。もしかして1人でずっと寂しかったのではないだろうか。そう思ったら心の奥が締め付けられる思いになった。だがそんな感情を出さずに、俺は笑う。
「夜食を、と思いまして」
「とっても嬉しいわ」
部屋に入れてもらい、テーブルに皿を置く。皿の上にはドーム型のクロッシュを被せてあるため中は見えない。
「何かしら」
「頑張って作ったんだ!」
「そうなの」
「お口に合うと良いのですが……」
俺は緊張しながら、クロッシュを取った。
ケイコさんは、俺たちが作ったオムレツを驚いたように見つめた。そうして、オムレツを見つめたまま目尻を下げた。
「とっても良い匂い」