ひーちゃんに注意をしつつ、俺は老婆を横目で見た。老婆は可愛らしく手を合わせると、料理を口に運ぶ。俺とひーちゃんは、なぜか少し緊張しながらその様を見つめていた。老婆は特別何か反応をする訳でもなく、次々と料理を口に運んでいく。
「パパが作ったお料理、美味しくなかったのかな?」
ひーちゃんがポツリとそう言った。確かに、老婆の反応はそう捉えてもおかしくないほど淡々としていて、それはまるで作業のようにも思えた。
「まぁ1人の時って、誰でもあんな感じだろ」
「だからさ、1人で食べるご飯ってつまんないよね」
「え?」
「行って来る」
ひーちゃんはそう言うと、老婆の席まであっという間に走って行く。そうして老婆の前の席に座ると手を差し出した。俺に手を差し伸べたあの時みたいに。「ひーちゃんです。6歳です。よろしくどうぞ」きっとそう言っているに違いない。老婆はひーちゃんを見つめると、とても嬉しそうにその小さな手をとった。
あの子の行動力は子どもの無邪気さから来るものなのだろうか。いや、多分違う。あの子は、ひーちゃんは自分の経験に基づいて老婆に近づいて行ったのだ。1人で食べるご飯はつまらない、その言葉はひーちゃんの経験から来る本心でもあったのだろう。じゃなきゃ幼い子どもがそんなこと言うはずもない。
離れたところで、楽しそうに話す老婆とひーちゃんはまるで家族のように見えた。そういえば、ここに務めるようになって初めて笑ったのは、ひーちゃんに出会ったあの時だったな、なんて思い返す。
「……すげぇな、お前」
俺は誰かを、あんな風に笑顔にできるのだろうか。誰かにあんな風に近づけるだろうか。もう学生というレッテルは外れた。大人になった俺は、一体何ができているのだろう。
勤務終わりにロビーに出ると、ひーちゃんが駆け寄って来た。
「ねぇ海斗聞いて!」
ひーちゃんが俺の腕を大きく揺さぶる。
「あのね、ケイコさんもうすぐ死んじゃうんだって」
「ケイコさん?」
ひーちゃんの後ろのソファにはあの老婆が座っている。俺はそこで、あの老婆の名が「ケイコ」だと知った。
「来て!」
強引にひーちゃんに手を引かれ、俺はケイコさんの元へと連れて行かれた。
「あら、あなた昼間の……。あの時はどうもありがとう」
もうすぐ死ぬというケイコさんが、死とは無縁の笑顔で俺を見上げた。
「そうだよね、ケイコさん、死んじゃうんだよね?」
ひーちゃんの問い掛けに、ケイコさんは小さく笑う。俺はなぜだか心臓がバクバクしていて、なんて言っていいのかわからなくなった。
「あ、びょ、病気……とかですか?」
こういう時に気の利いた一言、というかどう返すのが正解なのだろう。
ケイコさんが自分の隣をそっと手でぽんぽんと叩く。俺は誘導されるようにケイコさんの隣へと座った。ひーちゃんは飛び乗るようにして俺の隣に座って来る。老婆と少女に挟まれた俺は、端からどう見えているのだろうか。
「違うのよ。私はとても健康。ただね、私もう今年で85になるの。とってもおばあちゃんなのよ。だからそろそろかなって。死ぬ準備と、覚悟を持って生きているだけよ」
「……」