そう言って差し出された缶コーヒー。
「大人はこれ飲むと元気になるんでしょ?」
「いや……誰?」
「ひーちゃんです。6歳です。よろしくどうぞ」
スマートな自己紹介と共に差し出された手を見つめ、俺は思わず腹を抱えるほど笑ってしまった。それはこんなに小さな子が、23歳の俺のことを気遣ってコーヒーまでくれたこともそうだし、妙に背伸びした感じで話してくる子どもの奇妙さというか、可笑しさが変にツボに入ってしまったのだ。
「よくわかんないけど、よろしく」
握ったその手はとても小さくて、でもその小ささからは想像ができないほど温かかった。その温もりに、俺はどこか心が安らぐのを感じてしまったのだ。それは俺がこの職場で、自分は役立たずで何もできなくて、柄にもなく自分の存在意義というもの考えてしまうほど、自分を孤独に思っていたからだ。
もしかしたら、ひーちゃんもそうだったのかもしれない。ここで俺には分からない孤独を味わっていたのかもしれない。それからというもの、ひーちゃんは俺を見つけてはちょこまかと後ろをついて回るようになったのだ。常連のお客さんからしたら、その光景は微笑ましいようで、ニコニコと俺たちを見てくれる人だっているし、不思議そうに首を傾げている人もいる。
後々先輩から、ひーちゃんはここのホテルの料理長の娘だと聞いた。社会経験のため、と様々な人と接する訓練をしているらしい。
「海斗! お顔がおブス!」
先輩たちは、ひーちゃんが俺のあとをついて来るのを止めはしない。むしろ、くすくすと笑って何かを楽しんでいるようだった。
「ねぇねぇ」
テーブルを布巾で拭いていた俺のズボンを、ひーちゃんがクイクイっと引っ張る。
「ん?」
「あの人、凄いね」
ひーちゃんが指差す方を見ると、そこにはビュッフェ用の皿を何枚も持とうとしている老婆がいた。
「え、あぶなっ」
俺はすぐさまその老婆に駆け寄る。
「お手伝いしましょうか?」
老婆はパッと顔を上げると、とても優しそうに微笑んで俺を見た。絵に描いたような良いおばあちゃん、という感じだった。
「あら、ありがとう。じゃあ、ここにあるお料理、少しずつでいいの、全部乗っけてくださる?」
「え?」
失礼ながら、俺は老婆を観察するように見てしまった。小さくて痩せた体。とても全ての料理を食べられるように見えない。というか、そもそも1人で来たのだろうか。
「か、かしこまりました」
とはいえ、お客様の言うことは絶対だ。俺はそれぞれの料理を2口ずつほど取りながら、それを老婆の待つ席へと持って行った。
「ありがとう。とっても美味しそうだわ」
老婆は料理の乗った皿を見て目を輝かせながらそう言った。食べるのが趣味なのだろうか。まぁビュッフェで全種類食べたくなる気持ちはわかるけれども。
「何かありました、また」
俺は一旦頭を下げて、老婆の元から離れる。
「いっぱい食べるね、あの人」
「指さすなって」