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『ホテル狩人の宴』原豊子

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 貧相な譲のテーブルを見て、何故か奥平翁は楽しそうに目を細めた。なんだその、「やっぱりな若造」というような視線は。人の不幸を喜びやがって……!
 空腹も手伝い、苛ついた譲は汗をかいたグラスをひっつかむと一息で飲み干し、
「ご馳走さまでした!」
 と席を立った。覚えてろよ、じじい。明日大物をとって見返してやる。
 ぐるぐるとお腹の音を盛大に撒き散らしながら、美味しそうな匂いの立ち込める食堂を出ると、そのまま部屋へと向かいすぐに風呂に入った。熱いお湯に十分に浸かってから空腹を紛らわして、着替えをだそうとボストンバッグを漁る。しかし、体の底から突き上げるように鳴る腹がそこにはない何かを探してしまう。具体的には、食べ物。ああ、飴玉ぐらい入っていないものか。後悔先にたたず、いくら鞄の中を見ても暗い色の着替えが入っているだけだ。
 明日こそ、何か食べ物をとってやる。
 鳴る腹を押さえながら、譲はひもじく眠りについた。

 翌朝七時。
「よっしゃー!」
 何もないと思っていたら、ロビーに降り立った時、朝ごはんだと握り飯とお茶を手渡され、譲はそそくさと建物の外に出てむしゃぶりついた。奥平翁には空腹だという姿を見せたくはなかったのである。
米が、うまい。ただの塩握りだったが、昨晩から何も食べていない腹にはじんと染み渡る。お陰さまで元気が出て、譲は棍棒をくるくる回しながら山へわけいった。
 狙うは獣である。昨日、自分以外の客が食べていたのは何の肉だったのだろう。鹿か、猪か。まさか熊なんてことはあるまい。聞こえてくる鳥のさえずりに、焼き鳥なんぞを思い出す。いや、確か野生の鳥は捕ってはいけない、はず、だったような。
「はあ、勉強不足だわ」
 帰ったらちゃんと法律を見直そう。
 それにしても、何か食べたい。譲の脳裏に昨晩の夕食時の光景が思い起こされる。そうだ、肉だ肉。一晩絶食しただけなのに、頭の中には様々な肉料理が浮かんでは消えていく。そう言えば、この宿の事を聞いたときに残したカルビ丼、最後まで食べておけば良かった。味付けが悪いぐらい、なんだ。肉じゃん。食べ物じゃん。勿体ないことをした。ぐずる赤子のように鳴り始めた腹にそっと左手を添え、譲は二度と食べ物を残すまいと決意する。
 そのまま四時間、譲は歩き続けた。途中、食べられそうな木の実を見つけては、スマホで食用可能か調べようとして電波が入っていないを繰り返し、虫を見てはいや、まだ昆虫食は無理だと考え直す。ボレロの始まりぐらいのボリュームだった腹の音は、早々にラストにさしかかるような大きさになっていて、足取りはかなりふらふらになっていた。
「かぁ~るぅ~びぃ~どぉ~んんん~」
 最早過去の自分への恨み。あそこで完食していたとしても、絶対に今の空腹具合が変わるというわけではないのに。ああ母ちゃん、ちゃんとご飯食べてるか確認LINEを馬鹿にして、ごめん。食べるってとても大事だ。
「……木の皮って、食べられるんだっけ」
 目の前にはえている杉の幹に手をかける。煮て、食べたような話を聞いたことがあるようなないような。というか、プロの料理人がいるのだから、普通食えないものも食えるようにしてくれるのではないだろうか? 無理か? 自分は今無茶なことを言っているか? ちょっと噛ってみようか。そう思い、手頃な欠片をびり、と剥ぐと鼻の前に持っていって匂いを嗅ぐ。うーん、爽やかな木のかほり。と、その時である。
 ガサガサガサ。
 三メートル先の藪が、音をたてて動いた。びっくりしてさっと見ると、音と共にぬっと茶色い塊が飛び出してくる。でかい。譲の腰ぐらいまでありそうな体に、太い足、固そうな毛。
「い、のしし……」
 迫力に、そう呟いた瞬間、向こうも譲に気がついたらしい。さっと譲に視線を移し、向き直る。ぶこ、と鼻を鳴らして、今にも突進して来そうだ。

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