入口とは反対側の壁に、模造紙に印刷されたものが掲示されていた。子供の発表会かよ。また心のなかで突っ込みをいれつつ、目線よりやや上ぎみに貼られたそれの正面に立つ。
『狩人の宴
一、自らの食料は自らで確保すること
二、門限は午後四時とし、各自獲物をシェフに手渡すこと
【注意】
・狩猟免許を持った方は既に個々で申請をしていることと見なしています。
・奥平忠義の所有する山を出ないようにご注意下さい。
・狩猟免許をお持ちでない方は植物などの採集を中心に行ってください。なお、山は危険なため、護身用の棍棒をお持ちください(貸出無料)。
・危険な場面に遭遇した場合、命を守る行動をとってください。』
「あ、そうだそうだ、忘れとった」
模造紙を見上げていた譲の背後から、奥平翁がひょろひょろと現れぽんと肩を叩かれる。
「これ、同意書。一応サインしといてな」
「いやいやいやいや! 山危険って! 何ですか!」
これはレジャーじゃないのか。命を守る行動って、災害時か。
「てか、具体的に命を守るってどうするんですか!」
説明を求めると、奥平翁は怪訝な様子で、
「山が危険なのは、当然じゃ、山だもの」
と言う。
「そのために棍棒を用意しとる」
つまりあれか。出会って、襲われそうになったら戦えってことか。
「それを承知で申し込んで来とるんやないんか、ほれ、これにサインせえ」
明らかに最近の若い者は、という様子の奥平翁に、譲は少し首を傾げながらも出された紙に渡されたペンで佐古田譲とサインする。これ、大丈夫なんだろうか。勿論控えは渡されずに、ご丁寧に棍棒を一本渡された。狩猟免許を持っていないと銃や罠は使えない、狩猟法で定められているそれは勿論分かっていて、なんらかの抜け道があるのかと思っていた。けれど、まさかの持ってる前提でプランを用意していたとは。成る程。確か猟期に入っても申請を出さなければ猟に出ることは出来ない。それも出している前提で来てもらっているとなると、奥平翁はちゃんと狩猟法違反をしないように狩人の宴を企画したということか。でもそれでは、狩猟免許を持たずに参加した自分は、なんと間抜けなことか。永遠植物採集してろってか。法律を勉強しろと同僚に説教垂れておきながら、完璧に外国のトロフィーハンティングを想像していた。あの、ライオンとかトラとか捕って、死体の前で誇らしげに笑ってるやつ。あれ、あれも免許って必要なのかな。まあいいや。
「まあ、あれじゃ」
棍棒を受けとると、同意書に目を落とした奥平翁。そこには『怪我や死亡の場合、一切の責任を奥平忠義並びにその所有する会社に求めません。』との文字が小さく見える。
「狩猟免許持ってなくても、出来るならこれで獣にチャレンジしてみんさい。正当防衛になるから」