隙間をすり抜けて中へ入ると、薄ぼんやりとした黄色い灯りの下、ピンク色のカーペットがその下まで張られ、茶色いスリッパが一組此方を向いて置いてある。これを履いて上がれということか。譲は靴を土間に脱ぎ、それに履き替えた。左手に延びている空間に入っていくと、一部しか照明のついていないロビーで、手前にあるカウンターの中、新聞を広げた人が一人座っていた。
もしかして。
「奥平さん、ですか?」
恐る恐る声をかけたが、新聞に隠れた顔は出てこない。そうだ、爺さんは耳が遠かったと思い出す。
「奥平さんですか!」
「ああ!?」
がさりと音を立ててしわしわの顔が覗いた。この声。間違いない、奴だ。
「予約した佐古田です!」
「あ?! あーあーあー、佐古田さんね!」
老眼鏡を急いで外し、譲の姿を見ると、彼はカウンターの上にあった名簿を引き寄せ、再び老眼鏡をかけた。
「あんた、遅いよ! 今朝の八時に集合だと言ったでしょうが!」
と思うと、いきなり渋い顔で怒鳴られた。え、なんだなんだ、いきなりどうした。
「え、そ、そんなこと言われてな─……」
「まあ、いい! いい! あんたが遅れをとるだけだからな!」
その時はっと譲の頭の中に電話をかけた場面が鮮やかに蘇る。もしかしたら、あの何を言っているのか分からなかった部分で、そのように指示されたのだろうか……いや、たとえそうだとしても分からんわ! 譲は心の中でつっこんで気持ちをなんとか鎮めた。
「じゃ、狩猟免許出して」
狩猟免許?
「はい?」
当然のように出された手を、思わず凝視した。いらないんじゃ、なかったっけ? すると、奥平翁は白髪の眉をハの字にして、
「なんね! 免許なしできたのか!」
と呆れた声を出した。そして、
「最近はそんな輩が多いわな……狩猟なめとんのかな……」
などとブツブツ言い始めた。いや、いやいやいやいやいや。あんた本当にそんな説明したか? 相手が理解してないと説明って言わないんだぞ。
「ま、いいわ。なら外に出るときはそこにある棍棒、護身用に持っていきな。今日の門限は四時だから……あと二時間だな。詳しい説明はこないだしたな? 忘れてたらあそこの壁に書いてあるの読んで。はい、これが部屋の鍵。二◯五ね。荷物は入れとくからここに置いといて。で、宿泊費は前払い二泊三日で五万円ね」
護身用の棍棒? 門限四時? 五万円? 譲の頭の中で、色々突っ込みたいことがぐるぐるぐるぐる回る。しかし、はくはくと開いた口からはそれが言葉になることはなく、代わりにポケットから財布を取り出しなけなしの万札を差し出されたしわしわの手にそっとのせていた。我ながらとっても従順。悲しいぐらいだ。今更ながらなんでこんな宿に予約してしまったのだろうと少し後悔し始める。
「じゃ、グッドラック」
お金を受けとると、奥平翁はサムズアップをしてにかっと笑った。譲はひくりと片方の唇の端を上げ、鍵を掴むと回れ右で彼が言っていた壁に向かう。読もう。その詳しい説明とやらを。それで全てが解決する。