「科学的根拠はありますか?」
「はい、根拠は証明されて……」
「では、説明して下さい」
「申し訳ございません、今すぐには……」
「コールセンターのオペレーターなら、それくらいの知識を持って仕事して下さい。入社間もない新入社員か知りませんが、そんなことは関係ありませんからね」
私は何も言えなかった。
ただ、目に涙が溢れているのが分かった。泣くわけにはいかないが……
「申し訳ございませんでした」
その一言は涙に滲んでいた。
「泣くくらいなら勉強しなさい」
吐き捨てられるような言葉で締めくくられた。
結局、商品よりも私自身が貶された。
新入社員なんてとんでもない。私はこの職場で一番の古株だ。みんな、転職や寿退社をして気が付けば同期で残っているのは私だけ。
私、何してるんだろう-
「えっ! その電話! もしかして私!」
「えー! まさか……」
私は声を詰まらせた。そして、気が付くと涙が頬を伝っていた。
「こんな偶然……ごめんなさい、嫌な思いさせて……」
私は黙ったまま首を横に振った。
「あの電話が一人旅を思い立った理由の一つでもあるのよ。昔から性格きつくてね、私。旦那に対してもズバズバと嫌なことばかり。反省しようと思ってね」
「でも、あれは私が悪かったから……」
「実はね、あの後すぐ肺に影が見つかったの」
「えっ、詩織さんに?」
私は思わず顔を上げた。そして、詩織さんは黙って頷いた。
「なんだか色々考えるようになってね。自分で言うのも何だけど、すごく穏やかな気持ちになっちゃってね」
「あの、結果は? 肺の……」
「まだ分からない。この旅行から帰ってから精密検査よ。結果がどうであれ、
初めて死というものを意識して、自分を見つめ直したかったの。だから、旦那にお願いして一人旅に出たというわけ」
詩織さんは窓の外を見た。その横顔はとても優しい。こんなに穏やかな顔をした人が、こんなに健康そうな人が……私はショックが大きかったが、きっと詩織さんは前向きに人生を見つめ直す旅をしたいはずたがら、私は暗い顔をしないように努めた。
「私、この旅行から帰ったら、もっと仕事を頑張ろうって思ってます。今まで何に対してもクヨクヨばかりしてたけど、詩織さんからの電話で変わったんです、私」
「私は、ずっと言い過ぎちゃったって……これからは誰に対しても優しい気持ちで接しようと心に誓ったのよ」
「一つだけ、いいですか?」
詩織さんはコクリと頷いた。
「そんなスリムな体型なのに痩せるなんて無理ですからね」
私が笑ったのにつられて、詩織さんも笑った。
一日早く帰る私を詩織さんがロビーまで見送りに来てくれた。
「ありがとうございました。是非、またお越し下さい。お気を付けて」
風見さんの笑顔は最後まで素敵だった。
「お似合いなんじゃないの」と詩織さんが耳元で囁く。
「ちょっと! やめて下さいよぉ」