タクシーを降りると、新緑からの眩しい木漏れ日に思わず手庇をした。吹き抜けた心地よいそよ風がワンピースの裾を揺らす。
運転手さんがトランクから赤いキャリーバッグを下ろし「ゆっくり楽しんで下さいね」と微笑んだ。
目の前に佇むホテルは落ち着いた雰囲気の外観で、大きくとられたガラスの向こう、柔らかな日光が射し込む明るいフロントでは優しい笑顔のスタッフが宿泊客の応対をしているのが見える。
この旅はきっと素晴らしいものとなるに違いない-
私はいつもより姿勢を正し、胸を張ってキャリーバッグを引いた。まるで映画スター気取り。
ピンクの花柄が描かれた白いワンピースに大きなピンクのリボンが付いたストローハット。淡いピンクのキャリーバッグに合わせた同色のネイル。少し思い切ったコーディネートをしてみた。
旅はいい。現実とは異なるひと時を与えてくれる。知らない土地では私のことを知る人などいない。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「今日から二泊で予約してます、葉山伊織です」
「葉山様、ありがとうございます。お調べ致しますね」
なんて物腰の柔らかな接客だろうか。たった数秒のやり取りだが、その表情と話し方は経験豊かな接客を思わせた。いや、経験だけではない。この仕事を心から楽しんでいる。
ネームバッジに記されたその人の名前は風見さん。三十代半ばだろうか、スカイブルーのネクタイがよく似合う爽やかさだ。
「それでは、係りの者が案内させて頂きます」と風見さんが右手で示す。私は口角に意識を集中させ、彼に負けないくらい爽やかな笑顔を作り「どうも」と返した。
「葉山様、お荷物をお預かり致します」
ベルボーイの声に振り返ると、私は視界に入った光景に目を丸くした。
それはベルボーイではなく、彼の背後、エントランスから入ってきた女性に対してだ。
赤い花柄の白いワンピースに大きな赤いリボンが付いたストローハット。そして真っ赤なキャリーバッグ。まるで私と瓜二つの出で立ちで、背格好もよく似た女性。今、この場面を目にした誰かは、きっと私たちのことを数年来の親友か仲の良い姉妹とでも思うに違いない。
まるで一目惚れでもしたかのように、私のピントは彼女に合わせられていた。
颯爽と歩く彼女は、フロントで風見さんに向かって確かにこう言った。
「今日から宿泊の佐山詩織です」と。
こんな偶然があるものだろうか。
「お客様」