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『新緑の頃に』ウダ・タマキ

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 声に反応した私のピントがベルボーイへと移り、ボヤけた彼の顔が鮮明に映し出された。
「どうかなさいましたか」
「あ、いえ、すみません」
「では、ご案内致します」
 私はエレベーターへ向かいながらも、少し横に向けた顔で彼女のことを見つめていた。

 彼女も一人旅だ、きっと。

「どうぞ」
 ベージュを基調としたクロスは清潔感のある雰囲気で、窓からは明るい陽射しが注がれている。
「では、ごゆっくりとお過ごし下さいませ」
「ありがとうございます」
 私はベルボーイを見送ると、真っ先に窓からの景色を眺めた。恐らく、ここに宿泊する人の全てがそうするはずだ。眼下にこんなにも澄みきった美しい海が広がるのだから。
 この旅で私がしたいこと。それは、現実社会から少し距離を置き、何も考えず穏やかな時を過ごすこと。
 だから、旅先をこの場所に決めた。そして、このホテルを選んだのだ。
 ゴールデンウィークの大型連休を終えたばかりで観光客は疎らだ。これから梅雨の時期を経て夏へと向かおうとするこの季節は、湿度も気温も快適で過ごしやすい。
 職場には無理を言って休みを取らせてもらった。「仕方ないですね、分かりました」と主任は少し表情を曇らせながら承認をした。「不満そうですが、ゴールデンウィークにフル出勤したのは私だけですけど!」と思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。
 今の職場は人間関係が悪いわけではないし、給料が安いわけでもない。総合的に見て、良いかと言えば……そうでもない。ただ、惰性で働いているだけだ。
 ベッドに横になってスマホを眺める。この二日の間で行きたい場所はチェック済みだ。アクティブな観光よりも、ゆったりとした時の流れを感じられる場所を選んだ。もちろん地元の美味しい料理は欠かせない。
「マーレブルー、マーレブルー……歩いて十分くらいね」
 大きく深呼吸をして足を高く蹴り上げ、勢いよく振り下ろした反動でベッドから体を起こした。
「さぁ、行きましょう!」
 鏡に映った姿。いつもより活気に満ち溢れた顔をしている。少し乱れた髪を手櫛で整えたが、すぐにストローハットを被ったので意味が無いことに気付く。
 フロントでは「いってらっしゃいませ」と風見さんがちょうどいい感じのボリュームと声のトーンで私を見送ってくれる。
「いってきます」
 自動ドアに映った私は、自分でも驚くくらい柔和な表情を浮かべていた。
 海岸沿いに続く道を歩くと、波の音が耳に優しい。普段は意識せずとも何かに追われるように早足で歩く私だが、今日ばかりは一歩一歩確実に足を踏みしめてゆっくりと歩みを進めている。こんな場所で足早に景色をやり過ごすのはもったいない。
 坂道を上ると、小高い山の中腹辺りに『mare blu』の看板を掲げたロッジ風の建物が目に入った。入り口にはイタリア国旗が風になびいている。
「ここだ」

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