私は顔を覆うスマホをずらして声をかけた。
「あら、あなたも」
スポーツジムにでも通っているのだろうか。詩織さんに全く疲れている様子はない。まるで近所の公園まで散歩に来ているかのような清々しさである。
「ここからの写真を待ち受けにすると幸せになれるってね。もしかして、邪魔しちゃったかな」
「いえ、とんでもない」
「よく会うね。まぁ、こんな小さな街だからそんなものかな。ホテルのフロントから一緒ね」
「あ、気付いてらっしゃったんですか?」
「もちろんよ、そんな同じような格好の人がいたら嫌でも気付くわよ。ほらっ」
詩織さんが小さく足をあげる。白いハイカットのスニーカー。それは私と同じブランドで色違いのものだった。
「ここまでコーディネートが似ていると不思議な縁を感じるわね」
詩織さんが笑った。
「あの……実は、私の名前は葉山伊織っていいます」
「えー! 私、佐山詩織よ。名前までそっくりじゃん!」
「ごめんなさい、実はフロントで聞こえちゃって。詩織さんの名前……」
「いやぁ、なんか嬉しい。こんな出会いがあるなんてね」
「不思議ですね、すごい偶然」
私たちは景色そっちのけで、この出会いに感動していた。
「ねぇ、次はどこへ行こうとしてたの? 神社の次」
詩織さんのテンションが上がっているのは明らかだった。
「えっと……次は……」と私はスマホをチェックし「ハニービーカフェでコーヒーを飲もうかと……」と返す。
「ハニーレアチーズケーキ!」
詩織さんが満面の笑みで人差し指を立てた。
「そうです! それが食べたくて!」
「私も同じ。ねぇ、もし良ければ少しお茶しない?」
「もちろんです」
一人旅であるが、誰かとの出会いを求めていた。私は昔から人見知りだ。しかし、寂しがりやでもある。人見知りというのは、浅く関わる初対面の人とは意外と気軽に話ができるものなのだ。
ハニービーカフェは海の眺望から一転、山の新緑に包まれていて窓から手を伸ばせば木の葉に触れられそうな場所にある。週末ならば長蛇の列ができるほどの人気店らしいが、今日はすぐに入店することができた。それでも店内の席は八割ほど埋まっている。
私たちは二人揃ってハニージンジャーティーとハニーレアチーズケーキを注文した。
「美味しいですね」
「うん、美味しい。あっさりとした甘みね」
詩織さんは必要以上に喋るタイプではない。だからと言って暗いタイプの女性でもない。常に口角が少し上がっていて表情に活気が漲っている。