「連休明けの平日なんか暇なもんだから、良かったらゆっくりね」
パリッ、コリッと小気味好い音と共に甘酸っぱい爽やかな味が口中に広がる。冷えたほうじ茶は、夏でも湯呑みに注がれているのが良い。
私は人通りの少ない参道を眺めた。いつもの都会の喧騒とは違い、まるで時が止まっているかのような緩やかな時間が流れている。
そんな風に佇んでいると、トラ柄の猫が呑気な顔してこちらに近付いて来るではないか。どちらかと言えば日頃の私には動物も子どもも近寄って来ない。そんな負のオーラが出ていることは自覚している。しかし、何の躊躇いもなく私の足元で行儀よく座るところを見ると、旅の癒し効果は私の外見にも滲み出ているようだ。
そして、トラ猫は私の顔を見つめて「ミャァオゥ」と愛想もへったくれもないダミ声を一つ発する。
「何もあげるもの無いよぅ」
私が両手をひらひらとさせると、プイときびすを返して今度は向かいの駄菓子屋さんの前に座り込んだ。すると店のおじいさんが「やぁ、トラさん。オヤツあげるから待ってな」と言うのに対して、少し甘えた声で「ミャッ」と返すのだった。
なんだなんだ、結局はエサにつられるのかよ、なんて思いながら心癒されるひと時に疲れが吹き飛んだ。
「ありがとうございました、ごちそうさまです!」
「気を付けてねっ、いってらっしゃい!」
おばさんに見送られ、私はいざ朝平神社を目指した。
『150段目』と記された石板。
「あと、半分も、あるのか……」
乱れた呼吸を整え見上げた鳥居はまだまだ先だ。
スニーカーを履いているとはいえ、所詮は街歩き用のハイカットスニーカー。足裏がじんじんと痛む。
無理せずにやめようかな……そんな気持ちがこみ上げてくる。
私には『挫折』という言葉がよく似合う。高校時代のテニス部は二年の秋に退部した。大学時代に決意した英語の習得も達成しないまま。仕事も続かず転々としているし、恋愛だってそうだ。すぐに面倒くさくなってしまう。
私は思いきり吸い込んだ空気をゆっくりと長く吐き出した。
「よしっ」
残りはたったの百五十段だ。私の人生で百五十回の歩みなどなんてことはない。疲れはピークに達していたが、足取りは軽く感じられた。
赤い鳥居の向こうに見える青い海は、想像していた通りの美しさだった。私の想像は大体はかなりの高い水準である。だから、いつも理想と現実のギャップが挫折を招くのだ。
静寂な空気に包まれた神社の境内からの景色はまさに絶景で、私は思わず息を呑んだ。
ご丁寧に『撮影スポット』と立て看板があるのは、この光景を待ち受け画面にすると幸運が訪れると言われているからだろう。ここまで来たならば、写真を撮らない理由はない。私はスマホを構えた。
画面越しに景色を捉える。周囲の風景も含めて鳥居全体を収めるか、それとも画面ぎりぎりの大きさまで拡大すべきか。人差し指と親指の間隔を広げてみたり狭めてみたりしていると、階段を上がって来る女性の姿が画面に現れた。
「あっ、詩織さん」と私は呟き、思わず詩織さんにズームした。
「どうも」