「は?蟹?」
「あなた、バイキングで蟹ばかり食べていたでしょう」
バレていた。こんな美人に、しかも一人で蟹を殻からほじくり出し、貪っているところを見られていたなんて…!
「はい…、お恥ずかしながら」
「それが何かとても可愛らしくて、声をかけてみたくなっちゃったのよね」
多田さんはバーテンダーに「白ワイン」と告げた後、また私に向き直った。
「すみません…。蟹を見たらやけ食いしたくなっちゃって 」
「それであんなに良い食べっぷりだったのね。一人で泊ってるの?」
「はい。一泊して明日帰る予定です」
「そう」
「多田さんは?」
「私も一人。今日から泊ってるんだけど、二泊する予定よ」
「そうなんですね」
そこで、バーテンダーが私にマリブコーク、多田さんに白ワインを差し出した。私たちは乾杯をして、それぞれのお酒を飲んだ。
「マリブコークなんて 、やっぱり あなた可愛らしいわね」
「いえそんな。これ、お酒が弱い 私に親友が教えてくれた カクテルなんです。あまり強くない よっ て…。まあその親友、もう会えないんですけど」
「どうして?」
「よくある話なんです けど…」
私は先日起きた、よくある悲劇を多田さんに話し始めた。
私の元恋日・峻は、とにかく優しい人だった。いつも私のことを気にかけてくれて、私の話に対して、私が欲しい喜怒哀楽をくれた。私が楽しかったことを話せば楽しそうに話を聞き、私が泣きながら嫌な出来事を話すと、彼も一緒になって泣いてくれた 。私はそんな彼が大好きだった。
そして私と峻を引き合わせてくれたのが、親友の瞳だった。瞳はとても姉御肌で、「アンタには恋人がいたほうがいい! 」と言うなり合コンを開いてくれた。自分のことを話すのが得意じゃない私にとって、自身で道を切り開いていける瞳は憧れの存在だった。そしてその合コンで峻と出会い、交際をスタートさせた。
瞳はとても喜んでくれて、「結婚式の時に泣かないか、今から不安!」と言っていた。私も瞳に祝福されるのが、何より嬉しかった。でも、峻と瞳は、浮気をしていたのだ。
峻から部屋の合い鍵をもらいすっかり有頂天になっていた私は、峻に連絡を入れず、彼の部屋の前まで来ていた。丁度夕暮れ時で、峻はアルバイトに行っているはずだと思った私は、もらったばかりの合い鍵を使って、彼の部屋のドアを開けた。
するとそこには峻の靴の他に、見知った黒とピンクのスニーカーが置いてあった。私はそこで、すべてを悟った。
部屋に入ると、峻と瞳がソファに座り、身体を密着しながらキスをしようとする直前だった。固まる二人。私は不自然に明るい声で
「 あれ?峻、どうして部屋にいるの? 今日バイトじゃなかったっけ?ごめんね勝手に部屋上がっちゃって。私完全に邪魔だよね」
瞳は必死な顔で何か言っていたが、よく覚えていない。すると峻が落ち着いた声で、
「ごめん。瞳はいったん帰って。僕が説明する」