上空を飛ぶ自衛隊のヘリの中から隊員の人が叫ぶ声が聞こえてきた。落着けー、落ち着くんだー、とか。下に降りろー、とか。夫はその声に気づくと振り返り、
「ごめんなさい! 少しだけ待っててください! 僕ね、これ終わったらすぐ帰りますから~」と大声をあげ、手を振りながら応答した。
なんだか夫がここまで真剣になっているのを見たのは初めてのような気がしていた。そんな呑気なことを言っている場合ではなかったが、滑稽に浮かぶ夫はいつになく真剣に見えた。
それにしても自衛隊のヘリまでやってくるような事態に発展するとは。彼らは夫の危険行為を見た人からの通報を受け、救助しに来たのだろうか、しかし重力が反対に向いてしまっている夫をどうやって助けるというのか。
夫も同じことを思ったのか、自衛隊員の方へ自ら近寄っていって、逆さまのまま身振り手振りをし、何か説明をし始めた。ヘリの音が大きすぎて声は聞こえないが、夫はときおり親指を立ててグーサインをしたり笑顔で頷いたりして、すると自衛隊員も笑顔になり、というかもうゲラゲラ笑い初めており、いったい夫は何を言ったのか。最後には隊員の人もグーサインを夫の方に向け、ヘリは少し距離を置いたところに留まった。
「ねえ、何を話してたの?」
「え?」
「いや、なんかすごい笑ってたけど、自衛隊の人たち」
「あー、あれは俺が向こう側から来たからね、まずそれを説明して、それでなんていうか、重力ジョーク? みたいなことを言ったらうけた」
「なにそれ分かんない。シュウジそんなセンスあったっけ?」
「いや、よく分かんないけど、すごいうけてた」
「ふーん」
「ねえ、アッコは分かる?」
「だから分かんないって」
「そうじゃなくて、ここの建物、覚えてない?」
「ここの建物? 分かんないよ。だって急いできたもん。文字数がなんちゃら言ってたから」
「はは、それはしょうがないよ、今も足りなくて困ってる」
「だからなんなのよその文字数って」
「気にしちゃだめだよ、こんな話してたら、俺たちどこにも辿り着けなくなっちゃう」
「は? だからそれよそれ、意味が分からないのよ」
「ごめんごめん、まあとにかく忘れて。で、アッコはまだ思い出せない? この場所のこと」
「この場所……?」
そう言われ、周りを見回す。この辺りで一番高いビルを目指して急いでやってきたから、建物自体がどこだか考えてる暇がなかった。
「えー、分かんないけど、まあ懐かしい感じがしなくも、ない……かな?」
「はいはい、下手な嘘つかなくていいから」
「ばれた?」
「ばればれ」
とシュウジに言われ、二人で大笑いする。
「でもやっと、アッコが笑ってくれた」
「なにそれ、くすぐったいからやめて。で、どこなの?」
「俺がアッコにプロポーズしたレストランがあるホテルだよ」
「ええー! うそ、全然分かんなかった……」