客の注文。渡辺がこちらをチラリと見る。俺はミキサーの中から「トロピカルジュース」とシールが貼られたものを選び、スイッチを押した。ウィンウィンと音を立ててミキサーが動く。
渡辺がお会計を済ませている間に、俺は適当な加減でスイッチを切り、ミキサーの栓を開いてMサイズのコップに中身を注いだ。別に何も難しい事はない。
「4」
考えが甘かった。ここは他のブースと違って食事がメインではないから、中高生を中心に、ひっきりなしに客がやって来た。
「いらっしゃいませこんにちは~」
「いらっしゃいませこんにちは~」
「いらっしゃいませこんにちは~」
俺ブックオフか。思わずそんなツッコミが出る。挨拶の連続。それが段々億劫になってきた俺は、とうとう声さえ出さなくなった。
ドリンクメニューは七つだけだが、当然ともいうべきか、注文が偏る時もある。どうやら客に人気なのは、これまた虹にかけているのか、七種類のフルーツがブレンドされた「トロピカルジュース」らしい。ここ何人か連続で「トロピカルジュース」の注文が入った事もあり、ミキサーの中はすっかり空になってしまった。
本来であればミキサーの三分目くらいまで中身が減ってきたら、裏方に報告したり、自ら裏方の手伝いに行って新しいジュースを作るのが仕事内容らしいのだが、俺はそんなに気が利くタイプじゃない。
裏方の女子生徒――多治見も、新人の俺に教えるよりは自分でやった方が早いのだろう、まるで俺に「来るな」と語り掛けているような、達人並みの動きをしている。オレンジやパイナップルなど幾つものフルーツをカットしては新しく「トロピカルジュース」を作り、またそれがすぐに無くなると、再度一から「トロピカルジュース」を作り――を繰り返していた。
俺は会計業務が出来ないから、頼りの渡辺もレジ前から動く事が出来ない。ましてや接客や、待機列への声掛け、お待たせした客への対応など全てを行っているから、とてもじゃないが彼女も仕込みの応援なんて出来そうになかった。
言いつけを守る五歳児みたいに栓を捻り、ジュースを注ぐ事くらいしか出来ない俺。棒立ちの俺。使えない俺。そんな心苦しさの矢先に、ふと渡辺の声がこちらに向かって来た。
「ブルーハワイMサイズでーす」
俺は彼女の声にハッとして「ブルーハワイ」作りに取り掛かった。これまで、あまり需要の無かったメニューである。俺はコップに氷を入れている間、渡辺の接客トークに耳を傾けた。
するとどうやら渡辺は、客に「私のお気に入りはブルーハワイです」などと声掛けをして、あえて「トロピカルジュース」以外の注文に誘導し、需要と供給のバランスを取ろうとしているらしかった。やはりこいつは地頭が良いのだろう。
しかし「トロピカルジュース」の供給遅延と、使えない俺という綻びのせいで、待機客はいつの間にか長蛇の列になってしまっていた。
それから何分か後にようやく先生が飛んで来て、サッカーのポジション交代みたいに、休憩中だったベテランスタッフの女子と俺との交代を告げた。ほっとしたような、何だか悔しいような――お役御免になった俺は、元のポジションであるベルボーイに逆戻りだそうだ。