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『そこへ行く』室市雅則

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 およそ三十名の人間、しかも見ず知らずの他人が同じ目的地を目指し、同じバスに乗っている。
 これも一つの縁なのだろうか。
 私は暗闇の中で『遠野物語』を開いた。カーテンの隙間からの微かな光の中で、あのメモを確認する。
『銀山町電停前、ホテルにて』
 この文字は男性だと思われる。
 どうして、わざわざ書いたのだろう。岩手の本に広島で。そして、記念のようにメモ書きをするくらいの本をどうして手放してしまったのだろう。
 この文庫本は僕よりも先に元の持ち主とこの場所を知っているが、何も答えてくれない。
 バスの速度が落ちて、止まった。
 運転席の所のカーテンが開けれ、外の明かりが入ってくる。
 どうやら休憩のようで、ぞろぞろと人が降りて行ったので、私もトイレに向かうことにした。
 真夜中のサービスエリアというのは不思議な空間だ。
 初めて降り立ったが、起きているのに寝ているような、現実と夢の間のような場所に思える。
 トイレを済ませて、コンビニで水を買うと店員の年配のおじさんが声をかけてくれた。
「お気を付けて」
 私はなんと返して良いのか分からず、会釈だけをしてバスに戻った。

 バスは再び出発をした。
 水を口に含む。冷たい。そして、あのおじさんの言葉を思い出す『お気を付けて』。それがマニュアルにあるのかもしれないし、お客さん、全員に言っているのかもしれない。だが、嬉しかった。
 あのおじさんに二度と会うことはないだろう。これは断言できる。
 でも、出会いにもならない出会いが積み重なって、今の私がいるのかもしれない。
 もちろん、あのおじさんからでなくとも、水は買えた。しかしながら、今の私は、あの時、あのサービスエリアで、あのおじさんから水を買うことが定められていたのかもしれない。運命論者ではないし、『偶然』の一言で済ますこともできる。だけれど、思わずにはいられない。
 このバスに乗っている人々もそうだ。
 誰も私のことを知らないし、興味などないが、互いの人生の数時間を同じ空間で過ごしている乗客同士である。そして、そのままバスを降りれば、乗客同士から、全くの赤の他人となる。何と奇妙なことなのだろう。

 そんなことを考えている内にカーテンの隙間から届く光の種類が変わり、朝になったのが分かった。他の乗客たちもほとんどが目を覚ましていた。
 時計を確認すると八時を過ぎている。もう少しすれば到着する。
 そんな気持ちを他の乗客も考えているのか、車内の温度が少し上がった気がした。

 バスは予定通りに広島駅南口に到着をし、我々は乗客同士から全くの他人に戻った。
 降りたすぐ目の前がコンビニであった。

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