『こんな夜には寒戸の婆が』
山本歩
(柳田國男『遠野物語』)
まるで寒戸の婆が帰って来そうな夜だ――遠野郷の人々は、風の烈しく吹く夜には決まってそう言う。故郷に戻った「私」の記憶を、風の夜と、「河童として生れた」伊藤さんの語る伝承とが呼び覚ます。「今だって、窓の外から、妹が覗いているような気がして、ならないのです」――
『木漏れ日の中で息をした』
水無月霧乃
(民話『送り狼』)
与那原はどこにでもいるような大学生。ある日、昔に迷子になった日の夢を見た。後輩の葛葉がそれは「送り狼」だと話す。あの狼のことは、今日まですっかり忘れていたのだ。今になって、夢に見て思い出した。ああ、もう一度、会ってみたい。与那原は送り狼に会うため、森の中へと入るが……。
『花咲く人生』
ものとあお
(『はなさかじいさん』)
寿命を迎えた桜を見つめる小学生と会話を交わした健一は後日、散歩中に泣き声を耳にする。声のする方に行ってみると、あの時の男の子が白い何かを抱きしめながら泣いていた。迷子になった柴犬だという。
『こんにちは、世界。』
二月魚帆
(『貉(むじな)』)
半年前、通勤の行き帰りに寄っていたコンビニで働く女の子に告白し、フラれた僕。落ち込む僕は友人の本村の強引な誘いで街コンに渋々やってきた。しかし女の子の顔がみんな同じように見えてしまい、誰に話しかける気力もない。そうしてぽつんとカウンターで一人座る僕に、一人の女が話しかけてきた。
『赤ずきんと海の狼』
酒井華蓮
(『赤ずきん』)
赤ずきんは青が好きだった。青空、幸せの鳥、そしておばあちゃんに叩かれた所も、青くなれば治り始める。最近のお気に入りの青い花畑で出会った狼さんも、黒過ぎて青みがかっていた。それがとても綺麗で、おばあちゃんが食べられたと知った赤ずきんは狼に願った。「私も狼さんの青にして。」
『硝子細工』
酒井華蓮
(『堕落論』坂口安吾)
「ねえ何この部屋臭過ぎるから!窓開けるよ!」幼馴染の女子大生 美麗はその名の通り美しい。けれど彼氏と別れたこの夏休みはそれまでとうって変わって煙草と酒に囲まれ、洗濯やゴミ捨ても適当。それでも「私、堕落してない」と主張する。そんな彼女が好きなことは、綺麗なものが壊れることだ。
『踊る井田の花』
ノリ・ケンゾウ
(『小さなイーダの花』)
井田ちゃんの花が踊る。幼い頃、どこの学校にでもあった本当か嘘か知れない噂話のようなもの。成人を迎えた後、開かれた同窓会でふいに話題に上った「井田ちゃんの花が踊る」という話から、「私」は小中の学校生活に思いを巡らせていく。過去と現在が曖昧になり、段々と蘇っていく記憶……。
『ネバーランドへ』
ノリ・ケンゾウ
(『ピーターパンとウェンディ』)
社長「なあ、空を飛んでみたくはないか…」つくづく社長はピーターパンのようなことを言うと思う。年に一度の、会社の全体集会での社長の話は、どこか現実味を掻いた抽象的な言葉ばかりで、私にはどうしてもピーターパンか何かが話しているようにしか聞こえない。
『星めぐりの』
ノリ・ケンゾウ
(『銀河鉄道の夜』『双子の星』宮沢賢治)
「じゃあみんな、嘘ついたの」「ううん、嘘じゃない。でもいるの」「ねえさんむずかしいこと云う。そしたらお父さん、どこにいるの?」「電車に乗ったら、会える」「電車?ぼく電車すきだ」「なら行くよ、電車に乗って。お父さんに会いに」