『首なし姫は川を下る』
伊藤なむあひ
(『人魚姫』)
首なし姫を見た。新学期になってそんな噂が広まった。目撃情報があるという長い川沿いの公園に行くと、そこには予想通り少し前に死んだ姉がいた。もちろん首のない姿で。僕と姉はしゃべりながら川を下り、少しづつ海に向かって行った。姉は告白した「人魚姫になりたかった」と。
『洗濯とワイシャツと鬼』
黒岩佑理
(『桃太郎』)
たまの休日に早起きして、百瀬太郎は洗濯機の前にいた。なんせ、彼の趣味は洗濯だ。しかし彼は洗濯する暇もないほど、日々仕事に追われている。最近は本気で「毎日、洗濯できる」ぐらい時間的余裕のある仕事に転職しようかと考えている。
『魔術師』
おおのあきこ
(『魔術師』)
極めつけの執着タイプとは知らず、会社の同僚・千秋と関係してしまった智春。執拗にあとをつけてくる千秋をまいて、たまたま足を踏みいれた不思議な「魔術師の館」で、妖艶な女魔術師とその魔術にすっかり夢中になる。誘われるまま女魔術師の自宅を訪ねた智春に、意外な運命が待っていた。
『ヤドリバチ』
末永政和
(『芋虫』江戸川乱歩、『変身』カフカ)
朝、夢から覚めると、体がぴくりとも動かないことに気づいた。まぶたを開くこともできず、横たわったままで時間だけが無為に過ぎて行く。一カ月間、休みなしに働いた結果がこれだった。進はやり場のないこの怒りを、恋人の茜にぶつけるようになる。
『ツルの憂鬱』
poetaq
(『鶴の恩返し』)
おツルは老夫妻の元を去りたかった。というのも、既に恩返しのために織った緞子で豊かになっているにもかかわらず、夫妻は部屋を覗くことなく織らせ続けている。耐えられなくなったおツルが病を訴えると、夫妻はおツルがかつて罠から救った鶴と察知していたらしい。おツルは潮時を悟り、飛び立った。
『寒戸のガングロ』
室市雅則
(『遠野物語』)
遠い昔より黄昏時に女子供は神隠しにあうと言う。これは、ほんの少しだけ昔のお話。幼い娘が梨の木の下にサンダルを脱ぎ置いて姿をくらました。両親の願いも虚しく、少女は見つからず、あっという間に十年が過ぎた。そして、激しい雨風が吹き荒れたある日、その娘がひょっこりと戻って来たのだが・・・
『蛍』
菊野琴子
(『金ちゃん蛍』与謝野晶子)
昔々、蛍はただの真っ黒い虫だったので、子どもらに疎まれ、見つかる端から踏みつぶされていました。ある時初めて、そんな蛍を庇う男の子が現れます。男の子のために決起した蛍は、遙か遠い神様のところへ往き、きれいな光を得るのですが、それを見た男の子は悲しんで涙を流します。その理由は―――。