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『名刺の彼』水叉直

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 暖かくなってきた最近は、春の訪れを待つような淡い色の服に身を包むことも多くなってきた。今日は仕事中に着る服を探しに、朝からふらふらと街を歩いている。
 普段の勤務中、髪型や服装の面でお客様に参考にされることも少なくないため、見た目にはそれなりに気を使っているつもりでいる。  
 昔から服を見ることは好きだったので、今日も特に仕事を持ち込んでいる感覚は無い。
「そろそろお腹が空いたなあ」
 心の中で呟いたつもりが、そっと声になったいた。誰にも聞かれていないことを確認して飲食店が立ち並ぶ辺りへ足を進める。数多くのお店が並ぶ中、ある一軒のお店の前で見覚えのある男性の姿を発見した。 
「あれって……」
 その男性は黒いスーツに身を包み、額に汗をにじませながら、お店の前で店主らしき人と何かを話している。

「この度は有難うございます! このお店のいいところを精一杯お伝えしていきますので、これからもよろしくお願い致します!」
 きびきびと言葉を伝える森川さんは、この前お店に来てくれたときの様子とは違い、優しい顔をしながらも目には力が宿り、まさに「仕事中の男性」といった様子だった。
 森川さんの向かいに立っている少し気難しそうな顔をした男性は、彼と力強い握手をするとふっと笑って店の中へと戻っていった。
「ふうー、なんとか上手くいって良かった」
「森川さん、お疲れ様です」
「えっ! 岩瀬さん! どうしてここに? もしかしてまたあれですか?」
 私を見て驚いた顔の森川さんに、近くの自動販売機で買ってきた缶コーヒーをそっと手渡す。彼の言う「あれ」とはこの前の来店時に話に上がったカットモデルのことだった。

「へえ! そうなんですか」
 シャンプー台に寝転がった森川さんは、顔にかかった布の向こうから私に返事をする。
「はい、男性五名で女性が三十五名、合わせて四十名ですね。お店によっても違いはあるらしいんですけど、ここではそれだけの方にカットモデルになってもらって、それでやっと一人前なんです」
 私の新人の頃についてもっと色んな話を聞きたいと彼が言ったので、そんな話をしていた。
「そこだけ聞くと、なんだか営業の仕事みたいですね」
 くぐもった声で彼はそう言ったが、「いやもっと大変か……」と後から付け加えていて、その真面目な声にクスっと笑ってしまった。
 実際その課題は私にとって難易度が高く、同じタイミングで始めた他の新人美容師と比ると、一ヵ月ほど遅れての達成となっていた。
「確かに大変でしたね。けれど、今考えるとあの頃の積み重ねがあってこその今なんだと、そう思います」
 つい言葉が漏れる。
「そうですか」
「はい。だからきっと、森川さんが今頑張っていることにも、何一つ無駄なことは無いはずです。はい、シャンプー終わりましたよ」
 そこまで言い終えてから、出すぎたことを言ったかと思い慌てて訂正しようとするも、それよりも早く森川さんが口を開いた。
「ですね、そうですよね。岩瀬さん、ありがとうございます。俺、もっと頑張ってみます」
 そう言いながら体を起こした森川さんの目が、あまりにも綺麗だったのでじっと見ていると、お互いに数秒間見つめ合った不思議な時間が流れて、二人ともが笑顔になった。

 思えばあの時、もう一度この人に会いたいと、そう考えていた。まさか本当にまた会えるなんて。

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