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『名刺の彼』水叉直

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「いえ、カットモデルさん探しはもうありませんよ」
 彼はわかっていたかのように滑らかに言葉を返す。
「そうでした、もう一人前の美容師さんですもんね。だったらどうして?」
 やはりスーツを着るには今日の気温は少々高いのだろう。森川さんはシャツの首元を掴んで扇ぎながら、私にそう尋ねる。
「今日は仕事が休みなので買い物に来てたんですよ。そしたら森川さんがいたんで思わず声をかけちゃいました」
「そうだったんですか」
 彼が嬉しそうな顔をしてくれたことで、私の方まで嬉しくなる。
「はい。お仕事中にすみません」
 これまでも、プライベートの日にお客さんを見かけることは何度かあったが、声をかけたのは今回が初めてだった。
「そんなことないですよ! むしろ声をかけてくださってありがとうございます。実はついさっき初めてご契約を結んでいただけて、誰かに伝えたいなーって思ってたんですよ」
 仕事が上手くいったからなのか、それとも仕事モードの彼はこうなのか、お店で話していたときよりも声が弾んでいる。
 ちらっと髪に目をやると、こっちを向いた森川さんと目が合った。
「どうかしましたか?」
「いえ、髪が、その……」
「髪?」
 言いながら彼は自分の後頭部を軽く手でさする。
「そういえばそろそろ切り時ですね。早いなあ、前回からもう二か月近く経つんですね」
「もうそんなになるんですね」
 最近は、少しずつではあるものの私を指名してくれる方も増えてきた。しかし、当然ながら誰一人として名刺を差し出してくることは無い。
「岩瀬さん、またお願いしますね」
 彼がなんの屈託もない笑顔でそう話す。
「私でいいんですか?」
「もちろんです! きっとあの時岩瀬さんに励ましてもらったからこそ、こうやって結果が出るまで諦めずに頑張ってこれました」
「そんなこと……」
 そんなことないと口が開きかけたが、それは少し野暮な気がして寸前で口を噤む。
「それに、また岩瀬さんと話したいって思ってたので……、ってそれは不純ですかね」
 自ら不純と言った彼の言葉に、むしろ清々しさすら感じる。
「いえ、嬉しいです。私ももう一度森川さんとお話したいって思ってました」
「ほんとですか!」
「はい。良かったら、ご予約をお取りしておきましょうか?」
 仕事の話になった途端、さっきよりも滑らかに話している自分に気が付く。
「助かります、えっとそしたら来週の……」
 なんだかデートの約束をしているみたい。
 そんな風に考えている私は、彼よりもよっぽど不純だと思う。

「ではまた、来週お待ちしております。お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます! 来週、楽しみにしています」
 軽く手を振って彼と別れる。
 すっかり頭から離れていた空腹を思い出した私は、また再び歩き始める。街に吹いた暖かな風に、穏やかな春の訪れを感じた。

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