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『名刺の彼』水叉直

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 受け取った名刺には、名乗った通りの名前の横に第二営業部と書かれた無機質な文字が並んでいる。
 いつも名刺は渡すだけで、受け取ることが無かった私にとっては、目の前の彼から受け取ったその名刺がとても新鮮だった。

「嘘っ、僕と同じ年齢なんですか。そうは見えなかったです。少し年上の方だと思ってました」
 施術開始直後、受け取った名刺をきっかけに会話を始めると、彼は会社に入って一年目の新入社員だということが分かり、私と年齢が同じだということも発覚した。
「よく言われるんですよ、上に見えるって。なんでなんですかね」
 特に答えを期待していたわけでは無かったけれど、苦笑いをしながら尋ねてみる。すると彼からは、つい微笑みをこぼしてしまうような言葉が返ってきた。
「佇まいですかね。落ち着いていて、仕事に対する自信がある感じです。同じ年齢なのにこんなにも立派に仕事をされているなんて凄いです」
「ほんとですか? そう言ってもらえて嬉しいです。お客様の髪を切ることができるようになったのは、実はまだ最近なんですけどね」
「いえいえ、凄いですよ。僕なんか最近全然上手くいかなくて、ダメな自分に落ち込んでばかりです」
 森川さんが勤めている会社は、個人営業の飲食店を対象とした広告会社らしい。
 数多くの店舗をめぐっては、新しく契約してくれる方を探しているそうなんだけれど、思うように結果が出ていないようだった。
 そんな彼に対して慰めになるかはわからなかったけれど、何かの手助けになればと思い、自分の入りたての頃のことを話してみた。
「私もはじめは似たようなものでしたよ、何もかもが上手くいかなくて、しんどくてもう嫌! ってなったことも何度かありました」
「そうなんですか?」
「ええ、一日中ずっとシャンプーだけをし続ける日もありました。もうその日の帰りは腕がパンパンで」
 そんな思いでも今となっては懐かしい。彼の現状もきっとそうなるはずだと、お節介ながらなんとか伝えたいと思った。
「へえー、なんだか次からシャンプーしてもらうときに気を使っちゃいますね」
 言いながら森川さんは軽く微笑んだ。彼が微笑むと元々の優しい顔が、より一層柔らかくなる。

 今日のお客さんが森川さんで本当に良かったと思う。
 せっかく担当させてもらえたのだから失敗できないと思い、朝から非常に緊張していた私は、彼の醸し出す話しやすい雰囲気に随分と助けられた。
「ほんとごめんなさい、驚きましたよね。名刺が差し出されたらこっちも反射的に出せって、先輩から言われていたのがつい出ちゃいました」
 鏡越しにそう話す森川さんは、そう言って軽く頭を下げる。
「動かないでください、最後の最後で変になっちゃいますよ」
「あっ、ごめんなさい」
 彼が軽く笑う、最後の仕上げがいちばん気を遣うところであり、私が最も苦手としているところだった。
 元々人見知りな私が、初対面の人とこんな風に砕けた会話ができていることを自分でも不思議に思う。私と彼の年齢が同じだったことも関係あるのだろうけれど、他の人だったらきっとこんなに上手く話せていない。
 おそらくこのときから、森川さんの人間的魅力に対して、私は少なからず魅かれていたのだと思う。
 そんな彼に再び出会ったのは週の始まりのとある月曜日。仕事が休みだった私が買い物に出かけていたときのことだった。

 仕事場と自宅の両方があるこの街は、多くの若者が買い物に集まってくる街でもある。

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