じっとしていると腐ってしまいそうだった。食べることも眠ることも仕事に行くことも全部意味がないように思えた。瑠佳はもういないのに世界が何一つ変わっていないことが悲しかった。達樹、お前のせいじゃない、運が悪かったんだ。誰もがそう言った。運とは何だ。何度も自分に問いかける。
あの日雨が急に降ってきたこと、トラックの運転手が寝不足で僕達が乗っていた車に気付くのが遅かったこと、カーブがあったこと、偶然が重なって瑠佳はこの世から消えてしまった。いっしょに消えれば良かったのに。そのことばかり考える。
もう考えるのはやめろ。お前が死んでも瑠佳さんは帰って来ないし、喜ばない。わかっている。瑠佳はどこにもいない。だから僕が生きようと死のうと瑠佳にはもう関係ない。
僕は逃げたい。解放されたい。狡くて卑怯で弱いから。まだ死ぬ勇気と方法が見つからない。それだけの理由で呼吸をしている。
青空がまぶしい。ふらふら歩く。食べるものを買おうとスーパーに入ったが、どれもなんだか違う気がした。結局何も買わず外に出た。
どこかで何か食うか。でもどこで何を? もういいか。このまま何も食わずにいたら死ねるのか。べたべた歩きながら派手な看板を掲げたクリーニング屋、小さなパン屋、花屋を通りすぎる。
「あれ、ここどこだ?」
俯いてめくらめっぽうに歩いていたせいか、不意に自分がどこにいるのかわからなくなった。立ちすくむ目の前に白い壁に並べられた色とりどりのボトルの列が飛びこんできた。そのカラフルさが目に染みてしばらく眺めていた。
「きれいだな……」
思わずつぶやいて、そう感じる心がまだ自分の中に残っていることに驚いた。ボトルの色が柔らかくにじむ。どうして泣いているんだ。もう涙だなんて出尽くしたと思っていたのに。
「当店自慢のリラックスシャンプーを是非お試し下さい」
七色に光るシャボン玉のイラストに囲まれた貼り紙を読む。
「ただし生涯一度限りのご利用となります」
生涯一度限り? 僕の生涯はあとどのくらいあるのか知らないけどね。そう思ったら笑えて来た。何が可笑しいのか自分でもわからない。きっと僕は壊れているんだろう。笑みを浮かべたまま中へ入る。棚にずらりと並んだたくさんの色、色、色。
「お好きなものをお選びください」
聞き覚えのある声がして振り向くと瑠佳が立っていた。
「瑠佳?」
違う。よく似た人だ。そもそも瑠佳は美容師じゃない。
「すみません。知っている人に似ていて」
「どれにしますか?」
彼女の表情は変わらない。瑠佳なら達樹くんどうしたの、と笑うだろう。やはり違う人なのだ。あごの長さで切り揃えたショートボブ、さらさらの黒い髪、大きくはないけれど意志の強そうな目、薄い唇、ねえきみどうしてそんな姿で今、僕の前に現れたんだ? さっきからやたら心臓の音がうるさくて僕は嫌でも自分が生きているってことを実感させられている。
「あの、グリーンを」
「かしこまりました」
色なんてどうでもよかった。ただ目についたから選んだだけだ。そんなことより名前を知りたい。瑠佳だったらどうしよう、別の名前でもどうしよう。
「あ」
タオルを巻かれてケープをかけられ、はっと我に返る。
「すみません。実はこのところ具合が悪くてずっと風呂に入っていなくて……」
きっと頭はべとべとだ。汚い髪を瑠佳によく似た初対面の女性に洗ってもらうことが急に恥ずかしくなった。
「気になさらないで下さい」