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『幸せな香り』広都悠里

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 顔が似ていると声まで似るのだろうか。顔にタオルをかけられると悲しくなった。
「あの、タオルはかけないでもらえますか」
 一分一秒でも長くあなたを見ていたいんです、とはさすがに言えなかった。気味悪がられるだけだ。
「お顔が濡れますし、シャンプーが目に入るといけませんので」
 顔がびしょびしょになってもシャンプーがかかって目に激痛が走っても文句は言いません、と叫びたがったが我慢した。仕方なくタオルに覆われ、目の前は暗くなる。
 シャワーの音、濡れる髪、シャンプーを泡立てる音、爽やかな香りが鼻腔から脳へ胸へと流れ込んでいく。香りが体中に満ちて、固くなって閉じていた体がゆるんで開かれていくようだ。
「ああ」
 深い息が出た。そんな声が出てしまったことを恥ずかしく思ったが、彼女は何も言わない。丁寧な手つきで泡を髪にもみこんでいく。指が動かされるたびに香りは一層染みてくる。
「達樹」
 名前を呼ばれたような気がして目を開けた。タオルの白さだけが目の前にある。耳を澄ませたが辺りは静かで、泡がしゅくしゅく音を立てているのが聞こえるだけだ。
 気のせいか、と再び目を閉じる。深呼吸をする。この空気、知っている。冷たく澄んだ青さを含んだ香り。あの日の山。
「はー。気持ちいい」
 両手を伸ばし目を閉じる瑠佳。
「瑠佳の作ってくれた弁当が楽しみだなあ」
「もう、食い気ばっかり。森林浴でリフレッシュしようって言ったの達樹でしょ?」
 でもうれしい、頑張って作ったから。振り向いてVサインをしてみせた、あれが最後のデートになった。
 だらだら涙が流れる。ああ、幸せだったなあ。ケンカした時も、初めてキスをした日も、全部全部幸せだったな。
「ありがとう」
 それが瑠佳の最後の言葉だった。
 どうしてそんなことを言うんだよ、やめてくれよ。だめだよ。叫ぶ僕にあきらめたように瑠佳は微笑んだ。そのことが悔しかった。なんで笑うんだよ、しっかりしろよ、おいていくなよ。
 ごめん。
 最後の力を振り絞って笑ってくれたのに、わかっていなかった。あの時「ありがとう」と返せばよかった。
 思い出したくなかったあの日のことをゆっくりなぞるみたいに思い出す。少し焦げたからあげ、おにぎりの梅干しがすっぱいと騒いだこと、卵焼きの味付けが最高だと褒めたこと、木々の緑が深く鮮やかで生き返るようだと言った僕に「じゃあ今まで死んでいたの?」と顔を覗き込むようにして笑った瑠佳。
 今まで死んでいたの?
 そうだな。僕はあれから死んでいたみたいだ。でも、今、生き返った。シャワーのお湯はたいしてかかっていないはずだけれど、顔にかけられたタオルはぐしょ濡れだ。早く泣き止め自分。言い聞かせながらも心地良い香りに包まれて今、僕は幸せだ。ありがとう瑠佳。

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