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『うわさの美容室』吉岡幸一

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 私は謝りました。謝る必要なんてないことはわかっていました。それでも苦しそうな静香さんを見ていると謝らずにはいられなかったのです。
「こちらこそ、ごめんなさい。八つ当たりをしてしまって」
 静香さんは申し訳なさそうに言いました。目の前でお客さんに泣かれたことのない私はうろたえてしまいました。なにをどう言って慰めたのか覚えていませんが、私がはっとして気がついたとき静香さんは顔をあげて鏡越しに私を見つめながら柔らかにほほ笑んでいました。
「今日お子さんは連れてきていないんですか」
 いつも連れてきていた子供がこの日はいないことに私は気づきました。嫌な考えが脳裏を過ぎっていきました。
「実家の母に預けてきたんです」
「ああ、実家に、ですね」
 私はほっとしました。彼に子供を渡してしまったのかと余計な心配をしていたのです。別れた理由はあえて聞きませんでした。聞けば話してくれたのかもしれません。いつか理由を静香さんのほうから話してくれたときに、私はしっかりと聞いてあげようと思っていました。
「思いきり髪をショートにしてくれませんか」
 泣き止んだ静香さんの瞳は輝いていました。
「彼と別れたから切るんですか」
「新しい自分に生まれ変わりたいんです」
「髪を切っただけでは生まれ変われませんよ」
「でも切ることで、変わるきっかけになると思うんです」
「わかりました。ばっさりと切りましょうね」
 こういう機会ではなく、むしろ静香さんが幸せなときにこそ髪をばっさりと切りたかったというのが私の本心でした。短い髪を見る度に嫌なことを思い出すのではないかと心配でならなかったからです。
 私は鋏を長い髪の首元あたりに当てると、思い切って切りました。切り終えたとき、静香さんは清清とした顔をしていました。無意識に髪の毛で顔を隠そうとする癖もなくなったようでした。もう短いのですから、隠そうとしても隠すことはできないのですが……。
 その後、静香さんはこの美容室に顔を出さなくなりました。いつくるのか、と待ちわびていましたが一年経っても静香さんが店に現われることはありませんでした。ショートにした髪型が気にいらなかったのかもしれない、と私は美容師として落ち込みました。しかしいくら落ち込んでも仕方がありません。
 SNSでの噂はしずかに続いていました。すぐに噂なんてなくなってしまうだろうと高をくくっていたのですが、なかなかなくなりませんでした。
「このお店で髪を切ると恋が成就するんですってね」
 そう言われる度に否定を繰りかえしていましたが、いくら否定しようと店主の私の言葉よりもインターネットの言葉の方が信頼もあるようでした。
 噂が嘘だったということでクレームを受けるようなことも特にありませんでした。逆に感謝をされることの方が多かったというのが正直なところです。ホームページを作って正式に噂は嘘です、と表明しようかとも思いましたが、私はなにもしませんでした。いろいろなお客さんと話をするうちに、ほとんどのお客さんが噂は噂として楽しんでいるということを知ったからです。だからクレームがなかったのでしょう。
 諦めきっていたとき、静香さんは突然やってきました。一歳を過ぎた男の子はお母さんの手をつかんでいます。子供の成長はなんと早いのでしょうか。すっかり両足で立って歩けるようになっていました。
「ご無沙汰してごめんなさい」

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