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『うわさの美容室』吉岡幸一

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 私の経営する美容室は街から外れた住宅地にあるせいか、訪れる客のほとんどが常連の方でした。美容室をはじめて十年足らずですが、幸いどうにか食べていけるだけのお客さんは来てくださいます。もともと慌ただしく働くのが苦手でしたので、この目立たない場所で静かに好きな仕事をできることが私には性に合っていました。
 このまま常連客の髪を切りながら落ち着いた生活が送れるのだろうと、私は漠然と思っていたのですが、ある日を境にそんな生活が急変してしまったのでした。
 お客さんが急に増えたのです。それも新規の若い女の方ばかりで、わざわざ私の美容室を訪ねて来るようになったのでした。不思議に思った私はお客さんのひとりに理由を尋ねてみました。
「ここで髪を切ると恋が成就するという噂がSNSで広まっているんですよ」
 SNSと言われてもピンとこなかったので、お客さんにスマートフォンを見せてもらいました。そこには確かに私の店のことが書かれてあったのです。
 髪を切ったあと恋人ができたとか、結婚できたとか、プロポーズをされたとか、幸せそうな報告で溢れていました。内容に興味をもった人が店の場所を訪ねるのは自然なことです。ホームページすらない小さな店の情報をこまめに書いている人もいました。発信された方の本名が書かれているわけではありませんので、どのお客さんが書いたのかはわかりませんでしたが、きっと最初に書いた人は常連客のひとりではなかったでしょうか。なんとなくそんな気がしました。
 噂はあくまでも噂で、私に恋を成就させるような力はありません。私はただ美容室にきたお客さんの髪をきれいに切っているだけなのです。恋の相談をしてくるお客さんもいますが、相談に乗れるような豊富な経験は私にはありませんし、むしろ恋とは程遠い生活をしてきたせいで四十五歳になるまで結婚歴もありませんし恋人もいません。そんな私には相談に応じることができませんでした。相談されるたびに期待してきてくれたお客さんには申し訳ない気持ちになったものです。
 SNS上の噂は私にも店にも不似合いでしたが、恋を通して幸せな未来に憧れる女性の髪を切るのは嫌ではありませんでした。むしろより美しくなって望みが叶えばいい、と心から思っていました。きっと美しくなることで恋が遠のくことはないでしょうから。

 噂による客足もすこし落ち着いてきたころ、静香さんはやってきました。髪はストレートのロングで艶のある美しい髪をしていましたが、小さな顔に比べて量が多すぎるようでした。年齢は二十代半ばといったところでしょうか。とても物静かな方でした。
「あの、このお店で髪を切ると、好きな人と……」
 静香さんは恥ずかしそうに言いました。こういう問いに慣れていた私は、これがただの噂に過ぎないことを説明しました。明らかに静香さんはがっかりとした表情を浮かべました。あまりに沈んだ顔が心配になって理由を尋ねると、わずかに迷った後で重そうに口を開きました。
「彼の子供を妊娠しているんです」
 静香さんは前髪で顔を隠しながら言いました。
「おめでとうございます。それじゃ、結婚をした後の幸せを願って、髪を切りにきたというわけですね」
「いいえ、怖くって彼には妊娠のことは言っていないんです。堕ろすように言われるんじゃないかと思って」
「そんなことを言う彼氏なんですか」

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